Story

#04 目覚めと、渇望と

夜の闇の中、岩は消えた。岩の発した光は邪封の森を包み込み、一瞬の間に闇の中へ消えていった。空に聳え立つ光の柱は森のざわめきを静め、獰猛に徘徊していた獣達の動きを止める。妖しい光に魅入られ空を見上げた獣達は、誰とも知れず光に向かい咆哮する。その日、森には獣達の声が木霊していた。

翌日何事もなく時間は動き出した。昨日の出来事が嘘のように森はありのままの姿を取り戻したが、森の奥にある沼地を抜けた先にある褐色の砂漠では異変が起きていた。

罪人の目覚め。

それは灼熱の空気の中、久方ぶりに目を覚ました。十字架に赤い鎖で繋がれていた人型は緩慢な動作で周囲を見渡した。軋みをあげる体に頓着せず、暗い眼は遥か彼方の地平線を見つめた。

人型は時間をかけて周囲を見渡し、何もないことを確認するとやっと自分の状態に気が付き瞬きをした。体中に巻きつけられた赤い鎖、血のような香りのするそれを人型は感情のこもらない目で見つめ、体をよじる。赤い鎖ははずれまいと抵抗を見せていたが、人型が体が千切れんばかりの力を加えると、一つ一つ外れていった。

陽が傾き、空が赤く染まった頃には人型の体に巻きつく赤い鎖は金属の屑へと姿を変えた。

人型は手足、首に残った鎖の残骸を残したまま、傾く陽を目指して歩く。

地平線の向こうに陽が消えるまでそれを見つめ、それが沈んでしまうと今度は闇を見つめた。陽の光を失った砂漠は温度を急激に下げ、冷気が人型を侵食し始めたが、人型は意に介さなかった。人型の頭は痛いとも苦しいとも言葉を浮かべず、ただ一つの言葉を思い浮かべる。

初めて人型が目覚めた時ささやきかけられた言葉だった。それは人型の心の奥に刻み込まれた呪縛で、人型の世界はそれを中心に回っていた。だから、人型はそれを果たせる場所を目指す。人間が群れている場所を・・・・・・。

褐色の砂漠を抜け、黒い沼を抜けるとうっそうと茂る緑の森へ入った。地面からは丈の高い草が伸び、人型はそれを忌々しそうに一瞥する。体を縛り付ける赤い鎖のようにまとわりつく雑草。人型はそれらに殺意を覚え、それと共にあのような場所に置き去りにした奴らを呪った。

利用するだけ利用して、恐ろしくなれば排除した。それもあのような場所に・・・・・・。

 

陽は何度も地上に顔を出しては隠れていった。人型は疲れたら眠り、目が覚めたら歩く動作を繰り返し行った。幾度同じことを繰り返したのかは覚えていない。人型は心に語りかけてくる声に従って、あても無く歩き続けた。

やがて開けた場所に出た。木々がその場所を避けるように立ち並び、揺れる木々の影が月明かりに映されて踊る。

舞う木々が描く円状の大地の真中には大きな穴があった。

人型はその場所が手招いていたことを知っていた。

人型はふらつく体でそれに近付こうとし、途中で何かに足をとられて大地に倒れた。人型が忌々しげに足元を睨んだ先には、人間の形をしたものが横たわっていた。

人型は何も告げないそれに興味を覚えず、穴の方に向き直るとまぶたが重たいのに気がついた。体が睡眠を必要としているようだった。次に陽が昇ったときに辿りつけばいい。

人型は深い眠りに落ちていった。

 

夢を見た。ある工房の夢だった。せわしなく働く人々を見つめる夢。何かを話しかけられたが意味がわからずただただ瞬きをしていた。動かない体に感覚はなく、そのことに違和感はなかった。

動かない体は存在しないのと等しかったが、存在しないはずの体はまとわり付く暖かな水に安らぎを感じていた。 

そんな夢を見たせいか、人型は目覚めたときに人間の温もりに抱かれていたことに違和を感じなかった。眠気眼のぼやけた視界には白と肌色が見える。それが人間であることに気が付いたのはだいぶ後だった。人型はかけられた言葉に興味はなく、目の前の人間を観察した。白くなった長い髪を後ろで結い、頬に小さな傷痕がある男は安堵した表情で人型を見ていた。 「お嬢さん、大丈夫かい? こんなところに寝ていると獣に襲われてしまうよ?」

かけられた声は温かかく、久々に聞いた人間の声は耳に心地よかった。

この人間は何処の人間だろうと疑問が浮上してきたが、その疑問はすぐに消えていった。そんなこと考えても意味の無いことだから。

人型はゆっくりと両手を伸ばした。人間はその行動を何の警戒もなくただ見ている。握って欲しいという意思だと勘違いしたのか、人間は手を伸したが、その手が人型の手を握ることは無かった。

人型の伸ばした両手は迷うことなく人間の首に巻きついた。愕然として目を見開く人間に妖しく笑いかけると、人型は両手に力をこめる。人間はもがき苦しんだが、やがて力なく地面に手を落とした。

人型は両手を話して人間を地に落とし、しばらくそれを見つめていたが、何かに気が付いたようにふと空を見上げた。うす雲が流れる空は何事もなく人型を見下ろしている。だから何もなかったかのように人型はその場を離れ、少し離れた場所に見つけた湧き水で体を洗った。そして今しがた死んだ人間がいる場所まで戻り、その体から衣服をはぎとった。服はぶかぶかだったが、破れた服よりは大分ましに見えるだろう。久しぶりの獲物に人型は歓喜し、喜びの咆哮を上げた。

 

森を抜けたのはそれから数日経ってからだった。うっそうと茂っていた木々はその場所でぱったりと尽き、視界は緑の草原でうまる。

緑一色の広い台地の奥にそぐわないものが遠くに見えた。それは青みがかり小さかったが、町だということはすぐにわかった。そこは人間の集まる場所。人型が目指していた場所だった。もしかしたら、辿りつくべき場所とは違うかもしれないが構わなかった。人間のいる場所に着ければいい。

人型は口だけを歪ませ、声なく笑った。

その町の人々の運命を想いながら・・・・・・。

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copyright 紙月 狐 [ namegh@hotmail.com ]