Story

#06 出会い、偽善

窓から射す光でふと目が覚めるときがある。リアは温かく優しい光に起こされて伸びをした。いつもの朝、いつものように支度して二階にある自分の部屋を後にした。

今日一日の作業を頭の中に順に思い浮かべ、するべきことを頭の予定表に記していく。

今日の重要事項はロゼの手伝いであり、朝からその作業に追われるはずだった。

ロゼは白くなりかけた髪の毛を短く切り、無精ひげを生やしたいかにも頑固親父といった外見をしているおじさんで、リアが居候している家の主人であり、リアの義父さんだった。

リアがこの家の住人になったのは五年前だった。流行り病で両親を共に失い、本当なら病の発症した家の住人であるリアはどこかに捨てられるはずだったのだが、ロゼが周囲の反対を押し切ってリアを引き取ったのだった。そのせいでロゼはいまだにいざこざが絶えず、リアはそのせいもあっていまだに親しい知り合いもいない。だけど、リアはロゼに感謝していたし、今の生活にさして不満はなかった。本当の娘のようにロゼは想ってくれ、一度無くした家族というものを取り戻せただけでリアには感謝してもし尽くせないほどだ。そのせいもあるのだろうか、リアはロゼの仕事を手伝うようになり、今では仕事上の師匠と弟子の関係でもある。

「おはよう、ロゼさん」

いつも通りリアより早く台所に立つロゼは、リアの姿を確認すると笑顔でおはようと挨拶した。朝食はロゼの仕事であり、リアの仕事は家から少し離れた共同井戸から水を汲んでくることだった。

今日は暖かいのでそれほど水運びは辛くないはずだった。朝食作りと水汲みを天秤にかけてどちらも選べないので、ロゼに決めてもらった結果が水汲みだった。

「水汲みにいってくるね」

一声かけて家を出ると太陽のまぶしさ目がしょぼしょぼした。ここら一体の家は密集していて、窓から入る光はかすかなもので、家の中は薄暗く、こうして外に出ようとするとめまいさえ覚える。

リアはいつも晴れの日に家を出ると思った。自分達は陽光が当たらないところで生きる雑草なのだと。下級階層の人が集まる集落で雑草のように力強く生きる。これは下層階級に息づく信念であり、生き方だった。

「今日もいい天気」

眩しそうに目を細めながら笑うリアの足運びは軽い。記憶の中からかすかに覚えている歌を引っ張り出し、口ずさみながら細い路地を進んでいく。陽光が当たらない湿った空気の通路に人の姿はなく、町はまだ目を覚ましていないようだった。

リアはそんな街の風景を眺め、朝の音に耳を傾ける。小さな鳥が挨拶をする声や、風にかすかに揺れる葉の音。それらは朝にしか感じることの出来ないものだった。

だからリアはこの時間が好きだった。誰もいない静かな町に小さな息吹の声が聞こえる。そのようなことを考える私は詩人なのかなと思い、リアはくすりと笑った。

 

井戸のから桶二杯分の水を汲み上げて家に帰るとすでに朝食の支度は終わっていた。朝食は決して豊なものではなかったがロゼの料理は保障つきの味だった。本人曰く小手先が器用なだけだと言うのだが、女なら嫉妬してしまいそうなほど料理が上手い。

そんなロゼはやはり小手先を使う人形を作る仕事をしている。作る人形の大きさは大小様々で、大抵が木と布から出来ている。人形の種類として、愛でるための人形からからくり人形まであり、ロゼはそれらを手がける職人だった。

リアは朝食で使った食器をさっさと片付け、先に作業場に入ったロゼの後を追った。作業場には壁のあちこちに人形が置いてあり、作りかけの人形がだらりと壁によっかかっている。

リアはロゼの仕事道具を用意しながらふと視線を部屋の奥に向けた。部屋の奥の壁には綺麗に片付けられた空間があり、その壁にはこの部屋の中でひときわ目を引く人形がある。それは人間にそっくりな人形だった。下半身部分がまったくなく、上半身からは幾つもの紐と部品らしきものが剥き出しになっている。女性を象っているそれは、その昔にあった技術の名残りなのだとロゼは言う。ロゼはその人形を直したいと思っているらしく、リアが寝ている時間には決まってその人形の構造を研究している。

「リア、またその人形を眺めているのかい?」

背後からかけられた言葉にびくりと肩を震わす。仕事をさぼっていたことを指摘されるのではないかと思ったのだが、そうではないようだ。

「うん。不思議な感じがする。夜は人がいるみたいで怖いけど」

「精巧に作られた人形だからね。パーツごとの継ぎ目がなければ人と見間違っても仕方がないぐらい精巧なものだよ。材料も何で作られているか分からないしな。まさに失われた技術だよ」

ロゼは遠い目をして人形を眺めている。

「こんなものが昔は動いていたというのだから驚きだよ。・・・・・・ふむ。そういえばリアはこの人形の目を見たことはなかったね」

「目?」

「そう、目だよ。ほらよくみてごらん」

そう言ってロゼはまぶたを開かせる。気味悪くてリアが顔をそらすと、ロゼは笑って怖くないからと言って手招きをした。

「よくみてごらん。この人形の目は赤く出来ているんだよ。普通人間は赤い色は持たないらしい。他にもこの人形と同じような代物を二、三見たことあるが、どの目も赤い色をしていた。不思議だろう?」

「兎みたい」

「兎か。そりゃあ可愛くていいな」

ロゼは豪快に笑う。リアは自分の幼稚な発想に赤くなりながらも、いまだに開いている目を覗き込んだ。瞳孔以外は血のように赤く、その目に吸い込まれてしまいそうな感覚に眩暈を感じて慌ててそらす。赤眼の目の人形は嫌な空気を纏っている気がした。

「さて、そろそろ仕事に戻るとしよう。リア、道具を取ってくれ」

急にかけられた声にぎゅっと閉じていたまぶたを開き、慌てて赤眼の人形から離れる。

仕事に戻り、ロゼが造っている人形に目を向け必要な道具を用意し、赤眼の人形のことを頭の片隅に押しやる。余計な考えが頭の中にあると失敗をしてしまう。

ロゼは人形作りの要点を少しずつ語り、実践しながら覚えるように言った。仕事上教えてもらえる知識には一貫性がなく、文字を書くことが出来ないリアにとってはそのことを必死に覚えるしかない。また、仕事で頼まれた人形に触らせてはもらえないので、仕事後の実践まで教えてもらったことを覚えていなくてはいけなかった。だからリアはいつも必死なのだが今日は集中が出来ない。ちゃんと教えてもらっているはずなのに頭の中に入ってこない。リアはうわの空の理由を考え、昨夜の夜のことを思い出す。それは夜にライクから預かった本の挿絵を見たからかもしれない。

古ぼけた本はいかにも歴史を刻んできた風貌がある。リアには読むことが出来ないものだったが、挿絵は文字が読めなくても大丈夫だった。文字の読み書きが出来ないリアにとって本を開くことは挿絵を見ることであり、言わば絵本と同じものだった。挿絵は何かの構図を事細かに描いてるものや、人の絵、建物の絵などがある。構図が描いてあるものは人形の部品なのではないかと思う。前半の部分では主にその絵が中心で、だんだんと人の形をかたどっていくのだ。それがリアには赤眼の人形と同じものに見えて仕方がない。それらの絵はまるで人を作っているような感じなのだ。それは人形じゃないとリアは思っている。もっと他のもの。口では言い表せない禍禍しい何かであるのではないかと。

少し前にロゼにそのことを聞こうと思ったが思いとどまった。ロゼといえど文字は読めないし、なにより見せてはいけないものだと感じていたからだ。ライクから預かった大切なものだし、人に見せてはいけない気がする。

リアはその人形について知りたい好奇心と教えられないもどかしさの間を揺れていた。

「リア? おい、リア!」

「ふぁい?」

「具合でも悪いのか? ぼおっとして」

「あ、いえ・・・・・・」

「そんな状態で仕事をやられてても邪魔になるだけだ。昼まで少し休んで来い」

「・・・・・・うん」

ロゼの言葉に素直に従って、ついでに買い物を頼まれ外へ出る。

外へ出た瞬間自分に聞こえるくらい大きな溜息をついて、陰鬱な感情に苛まれる。

ロゼの役に立ちたいのに役に立てないもどかしさがため息となって外に吐き出される。

「私っていらん子なのかな・・・・・・」

リアは下降気味の気持ちを無理に明るくしようと上を向くことにした。

そうだ、いつもの場所にいってみよう。

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copyright 紙月 狐 [ namegh@hotmail.com ]