#07 混乱と驚き
どうしてこうなったんだろう。リアは混乱した頭で必死に考えた。
日頃危険な為に避けている道に入ってしまったのは自分のせいとして、後ろからついてくる二人はどのような人達なのかと改めて考える。シフォンと名乗った男は道案内が始まってから質問ばかりを投げかけてくる。この街の治安状況だとか噂話だとか。最も多いのが店についての情報で、様々なことを聞かれた気がする。でも、なぜかそれが頭の中に残っていない。
もう一人はシフォンがリックと紹介した無口な背の高い男。リアの体が二個収まりそうなほど大きく、筋肉質でどこか怖い。リアには関心がないのか道の先をじっと見つめ、たまにこちらに向ける視線からは何も読み取ることができない。
ちぐはぐな組み合わせだとリアは思った。
二人は旅人だと口にしていた。三大国の一つであるこのリストンブールの周辺を巡回してここまで来たということだ。
シフォンはたまに旅の話を入れつつ質問を繰り返した。質問攻めにあっているにもかかわらずそれが嫌にならないのはきっとシフォンが話し上手だからだろう。手振り身振りを交えつ、話の状況に応じて表情を豊かに変える。語り部となれば大層人気が出そうだった。
リアがそのことを話すと、シフォンは照れ笑いを浮かべた。
わりといい人なのかもしれない。
リアはシフォンとリックの八割方信じることに決めた。旅人に悪い人はいないと思いこんでしまっていた。ライクがそうであったように。
二人の旅人を大通りまでに案内する頃には、この町について知っている知識を全て話してしまった。
「それじゃあ、最後にもう一つ質問していいかな?」
大通りの噴水を横切り、案内する宿屋にもう少しというところでシフォンがきりだした。シフォンは人で賑わっていた広場から離れた静かな場所で、人がまばらになったことを確認してからで質問を投げかけた。
リアの家が人形屋であることを自慢していた途中だったこともあり、話しが変わったことにリアには不満を覚えたが、その不満の感情が場違いな気がして黙ってその質問に応答することにした。
「最後の質問といってもいくつかあるけどいいか?」
リアが何でも聞いてくださいと態度であらわすと、シフォンは嬉しそうにリックに目配せをした。
リックはその合図の意図を理解したらしく、懐から四つ折の少しくたびれた紙を取り出した。
「嬢じゃんはここに描いてある似顔絵の男を知っているかい?」
シフォンに渡された紙はすぐにリンに手渡された。
二人を信用しきっていたリアはその紙を何の躊躇もなく開いて、そして驚いて何も考えられなくなった。その紙には懐かしい顔が描かれていた。一ヶ月前に一度だけ会った旅人。ライクはその紙の上で無表情な顔でどこかを睨んでいた。印象に残る頬の傷は明確に描かれ、出会った時の雰囲気とは異なり、犯罪者のような容貌に仕立てられていた。
「こ、この人がどうかしたんですか?」
リアは嫌な予感がして素直に知っているとは口にできなかった。
「こいつはちょっとした極悪人でな。とある場所から盗みをして賞金がかかっているのさ。俺たちは旅をしているけど金がない。だから賞金を狙ったり、軽い仕事をさせてもらいながら旅をしてるんだ。その男はいい値がついてるんで探してるってわけさ」
シフォンの話は途中から耳に入らなかった。まさかライクに賞金がかかり、この二人がその命を狙っているなんて思いもよらなかった。
ライクは人形と邪封の森について調べていると口にしなかっただろうか。そうであるなら先ほどまで人形について熱心に話を聞いていたのにもライクの事を聞くための複線だったわけだ。
「この人・・・・・・見ました。一ヶ月前くらいに門のところで。この街を出て行くところを見ました」
「それは本当かい?」
シフォンがリアの目を覗き込む。その目が真実か疑っているのだと語っていた。だからリアは目をそらさずにじっとこらえた。目をそらしたり、おどおどしたりするとそれが嘘だとばれることは経験上知っていた。ただ、その行動をしなくてもロゼみたいに分かってしまう人もいるのだが。
「ふむ・・・・・・。そうかもうこの街を出てしまったのか。残念だな。嬢ちゃん極上の情報をどうも。感謝するよ。あと宿に案内してくれたことにもな」
シフォンは人懐こい笑顔を向けると手を差し出した。
リアがおずおずと手を伸ばしてシフォンの手を握ると、シフォンはこれでもかというぐらい豪快に振ってから手を離した。
「じゃあ、俺たちはこの宿に泊まるとしよう。何かあったら数日はこの宿にいるから来てくれよ。嬢ちゃんみたいなお客様ならいつでも大歓迎だ」
シフォンが宿へ向かって歩き出し、リックは無表情にリアを見てから、シフォンの後に続く。
「ああ、そうそう」
シフォンは三メートルほど歩いてから立ち止まった。
「近いうちに君の人形屋にも行かせてもうから、そのときはよろしくな」
振り向きざまに放った言葉は、今までの話し口調と何ら変わらないものだったが、振り返ったときの目を見てリアは凍りついた。その目はまるで獲物を見つけた獣のものだったからだ。
リアは二人が宿に消えた後もその場に佇み、何かに急かされるように走り出した。
嫌な予感が体を蝕んでいた。