Story

#20 旅立ち

奇妙な人型との生活は約3年を数えた。

リアはリンを先生に様々な事を教わった。読み書きは勿論、医療の事や森の中での生き方など、リンは見た目よりも博識で、リアの知らない様々な事を知っていた。リアは懸命にリンが教える知識を吸収し、3年の殆どを教わった事を覚える事に事に費やした。

リアはリンが知らなかった人形の作り方を教え、リンは喜んで人形を作った。そのせいで部屋の中は仕掛け人形で一杯になり、夜になると無気味だった。カタカタと時間仕掛けの人形が夜にうごめき、まるで生きているようにさえ思える。リアにはそれがちょっとしたトラウマになった。

部屋の中の人形は増えて、リアは成長して背が伸びたのにもかかわらず、リンはまったく変わった様子はなかった。見た目も精神的にも変化している様子はなく、相変わらず哀の感情が薄いのも変わらなかった。ただ、リアが来て以来おしゃべりになった。今まで人との接点を絶っていた反動とリアは思っている。

「ねえ、リン。私はもうそろそろここを離れようと思うの」

リアの言葉に驚いて、リンは作っていた人形を机に置いてリアを振り返った。

「なんて?」

「アヴィスかログネスに行こうと思うの。そろそろ旅に出ても平気だと判断したの」

「・・・・・・私を置いてここから何処かに行こうというのかしら?」

リンは珍しく怒気をはらんだ声でリアを威嚇した。

「・・・・・・ええ。リンには感謝しているよ。私を助けてくれて、いろんな事を教えてくれたし。だけど、私は3年前に言ったとおり、人型について知りたいの。ここに居てはそれはきっと得られない知識だと思う」

「――これはリアを助けた時に決めていた事だけれども」

リンは妖しい笑みで笑ったが、目は冷たかった。

「貴方をここから生かして出さないって。リアが私の事を言いふらす事はないとは思うけれども、私のことは知られてはいけないの。理解できるわよね?」

「・・・・・・ええ。何となくそうだろうと思ってたけれど。私を行かせてはくれない?」

リンは沈黙で応えた。何時も持っているナイフに手をかけているのがリアには分かった。もし殺し合いにでもなれば、リンは本気でリアを殺そうとするだろう。いくらリアとの友情を育んだとしても、それは関係のない事である。

「・・・・・・一緒に行かない?」

リンは何言ってるのという表情で、リアを見つめ返した。

「これはずっと考えていた事なのだけれど。私と一緒に行かない? 私は決して強くないし、リンの力が必要だわ」

「私が無常な殺人人形だとしても?」

リンは冷笑を浮かべ、声を上げて笑った。

「リンが何かなんて関係ないわ。それにリンも自分が何故作られたか知りたいでしょう? それはここを出ないと分からない事だわ」

リンは冷笑を浮かべたままリアを見下ろした。

「本気で言ってるのね?」

リアは神妙に頷いた。リンが襲い掛かってくる事も考慮して、すぐにでも逃げられるように退路を頭の中で計算していると、リンが子供のような無邪気な笑顔で言った。

「・・・・・・気に入ったわ。今までもリアは普通の人間に比べて変わっていると思っていると思っていたけど、ここまでとはね。それに度胸も座ってるわ」

決して勝てないと分かってて、歯向かおうとするなんて馬鹿のする事だけどねとリンは言い放った。

「殺人兵器を連れて何処に行こうというのかしらお嬢さん?」

「ちょっとそこまでお使いにね」

リアが笑って見せると、リンはナイフから手を放して人形つくりに戻った。

「いいわ。一緒に行ってあげる。こんな生活にも飽き飽きしてたところだし、愚かしい人間を見に行くのも面白そうね」

リアがほっと息をつくと、リンはその様子を面白そうに観察した。

「私に本気で殺されると思ってた?」

「・・・・・・半分くらいは」

「正直ね。まあ、それぐらいの度胸がなきゃこんなところで私と2人きりで暮らせないわよね?」

くつくつと声を鳴らして笑ってから、リンは作っていた人形をリアに投げてよこした。その人形は愛らしい小さな人形で、赤い目をしていた。

「それ、例のあの子よ。私の知っているあの子。多分リアが知っているあの子とは全然違うんでしょうね」

リンはそれだけを言うと家を出て行った。

一人残されたリアは無言でしばらくその人形を見下ろし、そっと机の上に置いた。

 

それから数日後の朝、2人は朝日の射す森の中を歩いていた。3年間暮らしていた家は2人を見送り、リアは家が見えなくなるまで時折振り返っていた。

木漏れ日が揺れる森は何処までも広がっていて、見る限り道らしい道も見当たらなかった。先は暗く、それはリアの進む道を暗示しているようだったけれど、しっかりとその先を見据えた。

「どうしたの?」

リンが隣で真剣な表情で森の先を見つめているリアに声をかけた。

「ううん。何でもない。ただ見づらいだけ」

そりゃあ片方だけだものねと言って、リンは歩き出した。リアはそのリンの背中を見つめながらそっと誓うのだった。どんな事があっても前に進むと言う事を。たとえ命の恩人が目の前に立ちはだかったとしても立ち止まらないと言う事を・・・・・・。 

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