Story

#19 交換条件

リンが教えられることは本当に限られたことだった。そのほとんどが、人間が引き起こした災厄であり、どのように人型を使って人に恐怖を植え付けるかについてだった。それは人々が知らなかった戦争の真実だったが、リアの知りたいたぐいの話ではなかった。リアは人型がどうして生まれることになって、どんな風に作られたかが知りたかったし、リンの言う死なないとはどういうことか知りたかった。

人型は寿命と言う観念がほとんどないらしい。リンもそうだが、その最古の人型もすでに人の寿命など遥かに超える時間を生きていることになる。人間が出来ない再生をすることができ、超人じみた回復力があるらしいが、人形を作る技術以外に知識のないリアにはほとんど理解することが出来なかった。

結局人型について理解できたのは、それが人に作られたもので、死ぬことがなく、赤い目を持ち、人に恐怖を植え付けるための兵器であったと言うことだった。

いくら殺しても死なない人間が居たら、人間は恐怖に固まるだろう。一度その恐怖に引き込まれてしまえば、後は端の方で言い表せない恐怖に震えているか、発狂するだけだ。リストンブールが多大な被害を受けたのは、兵士が戦意を喪失したためだった。

「私は戦争には参加していなかったのだけどね」

リンはそう言って笑う。

リンは戦争のために作られたのではないという。リンの製作者はリンを何のために作ったのかも言わずに、リンを残して消えてしまった。リンは自分が人型であることを隠しながら生きてきたのだと言う。しばらく森の奥で静かな暮らしをしていたのだが、その暮らしに段々と飽きてきたのだった。平穏で何もない生活は戦争が引きおこっていた時よりも退屈だった。リンは人の生き死というものにあまり興味がなく、漠然とした捕らえ方しかしていない。それはどのくらい死んだか、どれくらい生き残ったかと言うことだった。人の人生など関係なく、統計としてどれくらいだったかと言う理解のしかただった。

リアはそんなリンの考え方を恐ろしいと思った。きっと人を殺しても、何の感情も浮かばずに次々と繰り返すのだろう。人型がすべてリンのような考え方をしていたら、それはとても恐ろしいように思えた。精神をすり減らすことのない、殺人集団があるのと変わらないのだ。

「大分良くなったわね」

リンはリアの体を見て嬉しそうに頷いた。リアの傷は顔の右半分を除いてほとんど完治しており、ここ数日は気おつけてさえ居れば身動きを取ることは可能であった。

「やっぱりその傷は時間が掛かるみたいだけどね。残念ながら傷跡はくっきり残るし、右目は機能を失っているでしょうね」

リンの言うとおり、布を取った時右半分に火傷の跡が残っているし、右目にはほとんど視力がなく、失明していると言っても過言がないほどだった。

「人間はそういう傷も治らないんだものね。不便ね」

リンは感心したような、馬鹿にしたように大げさに肩をすくめて見せた。

「ねえ、リン。リンが知っていることはもうないの?」

「人型について? 以前も言った通り、私は多くは知らないわ。それに私が何で存在しているかも知らない」

「そう・・・・・・」

リアは悪びれもなく言うリンを見つめながら考える。リアがここに流されてきた時にライクの本も一緒に回収されていた。だけどそれは河に流された時に濡れてしまい、もう読むことは出来ない。リアの記憶では、きっとあの本の内容こそが人型について書かれていたものだと思う。だけど、確認のすべはなかった。

「・・・・・・本。もしかしてそういう資料って何処かにあるんじゃないの?」

「資料ねえ・・・・・・。門外不出のものだけど、ログネスになら隠された資料があるかもしれないわね。でも、きっと奥の奥。人がほとんど踏み入れられない場所に隠してあるに違いないわ」

人間はそういったものは処分せずに残しておくものねと追加した。

「あと、アヴィスの大図書館にならあるかもしれないわね。あそこは世界各地から本を集めているようだし」

「・・・・・・リンは読み書きが出来る?」

「読み書き? そんなの朝飯前よ。私はそういう作り方をされているもの」

「じゃあ、私に教えてくれない?」

リンは探るようにリアの目を覗き込み、考え込むような仕草をして、わざと間を空けた。

「教えても良いけれども条件があるわ」

「・・・・・・条件?」

「そう、条件。名前を教えて頂戴。まだ、貴方の名前を教えてもらってないわ」

リアはきょとんとしてリンを見つめ、思わず笑ってしまった。どんな大それた条件が出てくるのかと思ったら、そんなことだったのだ。リアはリストンブールから逃げて以来久しぶりに笑った。

「リア。リンと一文字違いよ」

リンはリアと何度か呟きながら、裏表のない無邪気な笑顔を見せた。

「いいわ。私が知ってることなら教えてあげる。ね、リア」

リンは上機嫌に口笛を吹いて、部屋を出て行った。

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