Story

#01 瓦礫の山

目の前には廃墟があった。手を触れれば崩れてしまいそうな家々が並び、火を放てば一瞬で焼け落ちること請け合いだった。いつもなら火を放って狩りを始めているところだが、人の影さえ見えない。人型は落胆の表情を隠しもしなかった。

人型は目の前の廃墟を見つめ、つまらなそうに口を尖がらせる。

「・・・・・・つまんない」

その声は幼い子供のようであった。何処か知性を欠き、思考を巡らす事に慣れていない。そんな喋り方だった。

人型はきょろきょろとあちこちに視線をめぐらせながら廃墟をさ迷う。やはり人がいる様子はなく、大分前にこの場所は捨て地となったようであった。

「・・・・・・なんで?」

獲物がいないのだろう。人型の頭の中には家があれば人がいるという単純な繋がりがあった。その先には人がいれば狩るという繋がりもあるのだが、この時はそこまで思考を巡らすことはなかった。

暫く「なんで?」を繰り返し村を観察をしていたが、そのうち飽きてしまったようで、足元にあった瓦礫を蹴飛ばした。瓦礫は宙に舞った後鈍い音を立てて地面に落ちる。その瓦礫の落ちた音が鮮明に聞こえる程廃墟は無音であった。

人型は落ちた瓦礫をしばらく睨みつけていたが、けろりと表情を変えて弾んだ声で「なんでー?」と繰り返し歌いだした。もし村人が居て、その光景を目にしたら顔をしかめたに違いない。何せ汚れたぼろ布を纏った少女が、幼児のように無邪気に歌っているのだから。

人型は歌い続けながら開けっ放しになってるドアから家の中を覗き込み、異臭に顔をしかめた。腐肉が出す特有の臭いが周囲に立ち込めており、それは耐えられないものだった。人型は鼻をつまんで顔を背け、手をひらひらさせて臭いの元を追い払う仕草をし、その場を離れてから大きく息を吸い込んだ。

「・・・・・・あの臭い嫌い」

それだけ呟くとスキップをするように廃墟の中央へ向かった。

廃墟の中央には開けた場所があった。憩いの場として設けられていたその広場には、生きたものは痩せこけた犬が一匹いるのみだった。犬は新参者をちらりと見ると興味無さそうに目を瞑った。

人型は犬の直ぐそばまで近寄り、膝をおって横に座った。

「犬さん獲物は何処ですかー?」

犬は目を開けて人型をちらりと見てから、大きな欠伸をした。興味なしといった様子に、人型は頬を膨らませて犬の頭をぽんぽんと叩いた。試しに耳を引っ張ってみたがやはり反応はなく、今度はちらちらと動いていた尻尾をぎゅっと掴む。すると犬は驚いたようでぎゃっと飛び上がり、人型の手に噛みついた。人型の手に犬の歯が食い込み、液体が手を伝って地面に落ちる。

人型はそんな犬の様子を不思議そうに眺めた。犬は噛み付きながら顔を横に振って離せと威嚇するが、人型には犬の行動の意味がわからない。ただ、歯向かってきている事はわかり、不思議そうに観察していた目を引っ込め、深く冷たい目に変えた。それは獲物を狩る時の恍惚なそれとは異なり、鋭く突き刺さる刃のようであった。

人型は手に噛みつく犬を放り投げた。犬は蹴飛ばした瓦礫のように宙を舞い、どさりと土地に落ちた。悲鳴にも近い鳴き声をあげた犬は、よろめきながら立ち上がり、人型を振り返ることも無く一目散に逃げていった。

人型はそれを無感情に見つめ、ここは面白くないと思った。獲物もいないし、腐臭がするだけだ。

人型は広場の中央に積まれた物を一瞥すると、来た道を戻っていった。

人型が去った広場には動いているものは何もなく、残っているのは白骨化した人の山だった。

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copyright 紙月 狐 [ namegh@hotmail.com ]