Story

#02 回帰

森の出口が見えたときリアは思わず安堵の溜息を漏らした。

ここ数十日というもの森の中をさ迷い歩き、挙句の果てに出発地点の家へ戻ってしまった時はどうしようかと思った。

リアはリンをちらりと見てから、不満の溜息を漏らした。

目的地を告げた時、私に任せなさいと言った張本人は、森の出口を見て目を輝かせている。

よくよく考えれば、リンはあの家から離れることなく生活をしていたのだし、目的地の場所を聞いて案内できるほど地理に詳しくないはずだった。それに気がついた時、何故か家のベッドの中だったというのは我ながら笑えないところではある・・・・・・。

「ねえリア? 立ち止まってないで早く行きましょう?」

リンの声はリアの右隣から聞こえてきた。

「ねえ、リン。そろそろ私の右側に回るのやめて欲しいのだけど」

リンはリアの右側に位置している事が多い。リアにとって右側は目の負傷のせいで死角となっており、音が聞こえでもしない限り反応する事さえ危うい。

「私がどの方向にいるかは私の勝手でしょう? それに、視界が狭い事に慣れていないとそのうち寝首をかかれるわよ」

言い返そうと思ってリンの方へ体を向けると口筋に冷たいものが当たった。思わず動きを止めたリアに対して、リンは妖しい笑みを見せてから腕を引っ込め、これで何度死んだのかしらと可笑しそうに笑った。

「リンの腕がたつのはわかるけれど、隙があればナイフを首筋に当てるのはやめて欲しい・・・・・・」

「あら、少しは神経が敏感になって良いでしょう? 人間緊張感って必要だわ。あ、私は人間ではないから別だけどね。一度ぐらいなら死んでも問題は無いし」

相変わらず目の前にいる歳よりは命の重さという物を軽く見る存在だった。

「リアは一度死んだら終わりなんだし、ナイフの使い方を会得できればよかったのに」

リンは回転させながら投げたナイフをキャッチした。

「・・・・・・むいていないのだから、しょうがないよ」

リアはこと戦闘に関してはからっきり駄目だった。ナイフを使えば生傷が絶えないし、格闘による戦闘技術を身に付けようとしても、殆どものにすることが出来なかった。結局この3年で身についた事といえば、最低限自分の体を守るための技術だけだった。

そのことはリアに暗い影を落とした。炎の踊る街の中,逃げることしか出来なかったあの頃より少しは進歩しているが、同じような状況に陥ったら・・・・・・。

「リア? ちょっと聞いてるの?」

リンの声で思考が現実へと戻ってきた。リンはいつの間にか出口に立っており、不満たらたらの視線をリアに向けている。リアはリンの様子に、人の気持ちも知らないでという意味を込めて、大きく息を吐いた。

 

森を出ると視界は広くなった。

果てまで続く草原が広がり、空の青と草の青が相まって綺麗だった。

リンはその様子を目を真ん丸にして驚いた後、目を細めて遠くを眺めた。

「・・・・・・広いのね」

「ええ」

感慨深そうに呟いたリンの声にリアは頷いた。世界はこんなにも広い。

「私の知っている世界は・・・・・・いや、なんでもないわ。行きましょう」

リアは目的地とは逆の方向へと歩き出したリンの首根っこを掴むと、自分の位置を確かめてから歩き出した。

道はしばらく真っ直ぐ伸び、蛇行しを繰り返した。リアは自分の歩いている道が、まるで人の一生を表しているようだと思った。安定している時期があると思えば、何の前触れも無く蛇行する。今は蛇行している道の途中で佇んでおり、先が見えず呆然としているのだろう。

さらに歩を進めていくと、青とは異なるものが視界へ入ってきた。それは灰色で四角くて、明らかに自然のものではありえない規則性があった。

「あれが貴方の育った町?」

「・・・・・・昔の私がいた、ね」

様々な想い出が脳裏を掠めていったが、リアは首を振ってそれらを払い去った。

「・・・・・・ただいま」

リアの呟きは草原のざわめきの中へと消えていった。

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copyright 紙月 狐 [ namegh@hotmail.com ]