Story

#02 噂話と、名の由来と

ある夜、森の奥の光が満ちた。人が寝静まり、静寂だけ街を埋め尽くす時間。流れ星を探して空を見上げていた女の子はその光景を目を丸くしながら見ていた。

光満ちた森は街の人々から邪封の森と呼ばれ、決してその奥に向かう者はいない。いや、例外はある。もう十年くらい前になるだろうか、ある夫婦がその森に迷い込み獣に殺された。その夫婦には息子がいたそうだが、その息子も行方不明になっていた。

「だから、昨日見たんだってっ」

街の中央にある噴水で、女の子が大人達を前に話していた。女の子は髪の毛を後ろで一つにまとめ、服は質素で薄汚れた白い上下。大きな青い目をもっと大きくして、嘘つきを見るような大人達の視線をものともせずに主張する。

大人達は女の子のことを一瞥するとすぐに何処かへ行ってしまう。

どうして誰も信じてくれないのだろう。私だってあの森が人々に忌み嫌われてることは知っている。だけど、少しくらい信じてくれたっていいじゃないか。

腹が立ち、噴水の回りでのんきに餌を探している鳩を追い払う。肩を上下しながら荒い息をしている自分に気がついて深呼吸をした。真新しい空気が肺に入り少し落ち着いた気分になった。

気持ちを切り替えてもう一度噴水の縁に座る。

顔を空へ向け、それから昨夜光った方向へ顔を向ける。

森の奥で光った場所は家から直線方向にあった。流れ星に願い事をしたくて夜更かししていた時に光って驚いたのを今でも覚えている。まあ、眠気眼だったことは認めるけどさ。

やりきれなくなって足元にあった石を蹴る。蹴った石は直線方向に飛び、こりもせずに戻ってきた鳩の群れをもう一度追い払う。

私はあの鳩のように煙たがられているのだろう。

悲しくなって俯いた。この頃いいことが一つもない。お気に入りの服は破けるし、せっかく見つけた綺麗な石は転んだときに落としてしまった。考えれば考えるほど涙が出てくる。どうして私はこんなにも・・・・・・。

涙は地面に落ちて黒い染みを作ってすぐに消える。青い目の女の子はそれをじっと見つめ、足元に影が差したのに気がついて顔を上げた。

目の前には見知らぬ男が立ってにっこり笑っていた。髪は白く、頬に小さな傷痕があり、細い目をさらに細くしながら女の子に笑いかける。

「譲ちゃん。さっきの話は本当かい?」

青い目の女の子はただ呆然と男を見上げていた。

青めの女の子は人のよさそうな笑顔を見ながら、先ほどの大人達のように軽蔑した目を向ける気なのだろうかと考えた。そう思うとむっとした。

「リア」

小さく呟く。初老の男はそれに気がついて、聞き返す。リアにはその行為がなんとなく気に障った。

「リ、アっ」

「ああ。リアって言うのか。おじさんはライクと言う。君の言っていた光りの話に興味があってね」

ライクと名乗ったおじさんはもう一度笑う。機嫌の悪さを前に押し出しているのに、ライクはそれを気にする風もなく笑顔を見せ続けていた。そんなライクの笑顔を見てると自分がむかむかしているのが馬鹿みたいに思えてくる。それに、私が信じて欲しかった話をわざわざ聞きにきているのだ。そう考えると今までの気持ちが嘘のように消え、わくわくした気分になった。

「私、見たの。昨日の夜中に流れ星を探して空を見上げていたら、森の奥が光ったの」

早口でまくし立てたリアの目を見つめ、ライクは森の方向へ視線を向けた。

「なるほど。それはどっちの方向でどのあたりだった?」

「ここから北の方向なんだけど、ここからだと森が見えない・・・・・・」

リアが見たのは建物の二階であったため、この場所からは光った場所を指差すことも出来ない。リアは高いところに行けば分かるかもしれないと慌てて付け足した。

ライクはそれを聞くと案内してくれないかとリアに頼んだ。リアは街のあちこちを思い出し、条件に一致する場所を思い浮かべると歩き出した。

「おじさんはどうして光りのことを知りたいの?」

「おじさんはあの森のことを調べているんだ。邪封の森って言われているんだろう?」

ライクは森について話してくれた。どうやらあの森は遠い昔は邪封の森と呼ばれていなかったそうだ。いつ頃からか人々が森をそう呼ぶようになったということだ。それじゃあどうして邪封の森と呼ばれるようになったのか。それは昔に起きた出来事に由来するらしかった。

 

あるとき国同士の対立が起きた。邪封の森の中央を流れるリーヌ河を隔てたログネスとリストンブールが領土の食い違いから対立した。ログネス曰くあの森は私達の領土だ。リストンブール曰くあれはもともと私達が所有する財産である。これが戦争の起源と言われ、邪封の森の乱と言われている。

そのとき森を挟み総力戦になった。人は朽ち果てていき、数多の犠牲を出した。その結果、森には多くの血が流れ、一時期河が真っ赤になったと伝えられている。

戦争の結果、邪封の森は両国どちらのものでもなくなり、中立地帯とすることで平和条約が結ばれた。そして戦争の発端となった邪である森を封印する意味をこめて邪封の森と名づけたそうだ。これが起原だとライクは言う。

「しかし、どうも違うみたいなんだ。この話は誰かが捏造したものなんだ」

森の名の由来は古文書に書かれていた。だが、それには不信な点がいくつか見られた。その本が年代と一致しないこと。その由来をほとんど人々がが知らないこと。

ライクは本を読み漁り資料をまとめてみたが、どの本にもおかしな点があり、それらには共通点があった。

ライクは禁をされている本に手を出すことを考える。

国立図書館に忍び込み、一つの本を盗み出した。それは邪悪なる人形というタイトルの本だった。

その本には二国間の戦争のことは書かれていなかった。書かれていたのは人間と邪悪な人形の関わりについての推測、仮説。それによると、邪封の森は戦闘兵器として作り上げられた人形が封印されているから邪封の森と名づけられたということだ。

「それじゃあ。あの森には怖い人形がいるってこと?」

「そうだね。これはあくまで推測らしいのだが。大きな十字架を背負った赤い鎖につながれた人形がいるらしい」

リアはその人形を想像した。大きな十字架に赤い鎖で繋がれた人形。リアは黒い体と骸骨を催した仮面を被った人形を想像して、身震いをした。

 

ライクの話では、光は人形を封印したときに放たれたものに似ているということだった。そして、空に向かった光の下に、人形は封印されていると言うことだ。

「おじさんはその光りの場所を知ってどうするの?」

ライクはリアの方を見ようとせず、視線を空に仰がせた。

「・・・・・・おじさんは知りたいんだよ。その人形のことが」

リアはライクの悲しそうな顔を見てそれ以上聞くことが出来なかった。きっと聞いてはいけないことなのだろう。それなら何も聞かずにライクの手助けをするだけだ。

リアは指をゆっくりと光を見た方向へ向けていき、目的の位置に指が向くとライクを見上げた。

ライクはリアの指差す方向を真剣な表情で見つめ、太陽の位置や山の位置関係を確認する。満足したようにライクは頷き、リアに古ぼけた本を一冊差し出した。

「おじさんは森へ行くけれど、もう一度帰ってくる。この本は大切なものだから、森で無くすのは困る。だから君が預かってくれないか?」

リアは困った顔をして何度も本とライクを見比べ、恐る恐る本を受け取って大事そうに胸に抱いた。

「ありがとう。リアの情報はとても役に立った」

にっこり笑ったライクはゆっくりと歩き出し、最後に片手を上げてさよならの合図をした。

「おじさん! この本大事に持ってるから! だからお話もう一度聞かせて!」

ライクは一度振り返って手を大きく振った。

リアは小さくなっていくライクの背中を見送ると本を胸に家に帰った。朝のむかむかはもうない。大事なものを預けられた嬉しさに胸を躍らせ家へ帰った。

そして何日もライクが帰ってくるのを噴水のそばで待ったが、その日以来ライクの姿を見ることなかった。

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copyright 紙月 狐 [ namegh@hotmail.com ]