Story

#08 人型、想像

どうやって家に帰り着いたのか思い出せなかった。

リアは無意識のうちに買い物を済ませていてに帰ったが、買い物をしたときの記憶が曖昧だった。

蛇に睨まれた蛙よろしくすくみ上がってしまい、尻尾を巻いて逃げるしかなかった。今でもシフォンの表情を思い浮かべるとすくみあがってしまう。

シフォンが獰猛な表情を見せたことにリアは驚愕し、それと共に不快感を味わった。きっと嘘をついて情報をくすめとる為にあのような態度を取っていたのだ。そう考えるとシフォンとリックに対する信頼度は八割から二割に激減した。なけなしの二割はまだ分からないと言う心のわだかまりで、人を信用しすぎるリアの悪い癖だった。

リアは布団の中に入り込んで、体を丸めた。リアはロゼの厚意で休みを貰っていた。別に具合が悪いわけではないのだが、なんとなくやる気がでないのだ。

よくよく理由を考え、やる気が出ないのは全部赤眼の人形に直結しているように思えた。赤眼の人形の赤眼を思い浮かべるとリアの頭を嫌悪感が支配した。あれは兎なんて可愛いものではない。

「リア、調子はどうだい?」

ドアが開いてロゼ顔を覗かせた。

リアが布団から顔を出すと外はもう真っ暗で、長時間布団の中でぼんやりとしていたことにリアは驚いた。

「うん・・・・・・大丈夫」

ロゼのいる方へ体を向け、なけなしの元気で上半身を起こして笑顔を作ってみるが、ロゼはその笑顔を見て渋い顔をした。リアの嘘はロゼには通用しなかった。暗い部屋なのにばれてしまうのだ。

「具合がまだ優れないようだな。でも、夕食はお食べ。食べやすいものにしておいたから、食べられるだろう。何も食べないのはかえって体に毒だ」

返事をまたずにロゼが食事を手に部屋へ入る。

部屋に食べ物の臭いが充満すると体が正直に反応し、リアの腹がくぅというかわいい音をたてた。ロゼはリアの原の音を聞くと、引き締めていた頬を緩めて食事を差し出した。 「早く元気になって仕事を手伝ってもらわないとこっちが困るんだからな」

「・・・・・・うん」

ロゼの心遣いが痛いほど胸に染みる。何気ない言葉だが、お前はここにいていいんだという意味と、お前は無能じゃないと言う意味が込められていた。リアはロゼの言葉を聞くと不思議と元気になれた。

リアは心の中で感謝の言葉を述べると目の前にある食事にぱくついた。よくよく考えれば昼は抜いてしまっていたので一食ぶりの食事である。リアは体に力が湧いてこないのはそのせいだと勝手に決め付けることにした。

「そういえば、今日は珍しくお客さんがきたぞ。二人組みのわけのわからない男達でな。人探しをしているそうだ。あと、リアに礼が言いたいといっていたが?」

リアの喉の奥がひぅっと鳴った。手に持っていたさじが微妙に上下し、食べようとしていた体制だったので唇にぶつかってしまい、その痛みに涙が出る。話し出すタイミングが悪すぎる・・・・・・。

「お前何をしたんだ?」

リアはロゼに問われてから傍と気がついた。別に悪いことはしていないのだし、何も怖がる必要はない。今の反応はまるでいたずらが見つかったときの子供のようではないか。

「脇道で偶然会って、宿に困ってたから案内してあげたの。旅人なんだって」

「ふむ。それで礼か。しかし、リア。簡単に自分の家を教えるものじゃあない。その人がどんな人か分からないからな。旅人って言うのは生き抜くために何でもやる奴らだから、それこそわからん」

リアの胸にちくちくととげが刺さった。

「うん。今度から気をつける」

ロゼはリアの目を覗きこみ、信用すると言った具合に頭を撫でた。

「反省しているならもう何も言わないよ。ただ今回の奴らはどうも怪しい。人探しをしているのになぜ人形屋を回っているのかも意味不明だしな。それに人型とはなんだろうな。人形とは違うのかな?」

「それってあの下にある人形のことかな?」

「ん?」

「だって人の形をしているもののことでしょ?」

ロゼはなるほどと呟くと、眉間にしわを寄せる。それから幾つかの単語を口にしたようだが、それはリアの耳には微かな音としてしか聞こえてこなかった。

「なるほどな。リアはいい発想をするな」

ロゼはもう一度リアの頭を撫で、リアが食べた食事の食器を持って立ち上がり、おやすみと言う言葉を残して部屋を出て行った。

 

部屋の中にはロゼが持ってきた明りが枕もとに置かれていた。

リアはロゼが下の階に降りたのを確認して、寝台の下に隠してある本の入った木箱を持ち出した。数日分の埃を手で払って本にぴったりサイズの木箱の蓋を開ける。中には木箱に比べて古い本が一つ納まっていて、布で丁寧に包んである。預かっているのに虫に食われては申し訳ないので、精一杯の対策であった。

リアは取り出した本を開いた。挿絵のあるページをぺらぺらとめくると、挿絵は人形の部品から人の形を取っていく様にだんだんと変わっていった。人を製造しているような錯覚さえ覚えさせる最後の挿絵には人型という文字がそっけなく書かれていた。

あるとき知り合いに本の最後の挿絵にかかれた文字を読んでもらったことがある。文字を出来るだけ似せて書き、読んで欲しいと言って教えてもらった。その人は自己流で勉強したものだから当たっているかは定かではないと照れながら、人型と読むのだろうと口にした。

それ以来、リアは人型というものが気になり、工房にある人形を勝手に人型と決め付けた。そして今日に至ってはロゼの口から人型という言葉を聞いた。人型とは一体なんなのだろう。人の形をあしらったからくり人形だろうか。

ひとしきり挿絵を見終わり、リアは今日起きた出来事の大半を忘れて人型についてあれこれと想像をめぐらせる。

布団の中で考える人型は人と同じように動き、考え、人と共に生きていた。リアはその人形と友達になり楽しい日々を送る。そんな想像をしていると眠くなり、やがて寝息が静かな部屋から聞こえてきた。

眠りについたリアは本の最初に描かれている戦争の絵については考えず、それを人型と結びつけることさえ思いつかなかった。

copyright 紙月 狐 [ namegh@hotmail.com ]