#09 工房の夜
工房で二つの影が踊る。
太陽が沈み、暗闇が訪れても工房の明りは消えることなく、淡い光が微かに揺れながら部屋を照らしていた。
ここ数日間は、頼まれていた仕事の製作に集中するため、ロゼは店を閉めていた。仕事というのはこの町の広場に飾るからくり式の時計を製作することであり、この町の人形師達が依頼を受けて制作に携わっていた。
からくり時計の完成にはまだ日があったが、ロゼは仕事をする時に短時間で集中して作り上げる性格であったため、制作を始めてからは毎晩夜遅くまで制作に取り組んでいた。
リアもその作業を手伝い、今夜もその手伝いに追われていた。
リアは連日の制作の手伝いために寝不足であり、ここ数日間は仕事以外の事ではぼんやりとしていることが多く、思考回路が上手く働かない状態となっていた。職人の弟子らしく工房に入ったときの集中力は確かなものだが、まだ子供ということもあり十分な睡眠を必要としていた。
リアは睡眠不足と作業の事もあり、二人の旅人のことはすっかり忘れてしまい、その代わりに壁に吊るされている人形のことばかり考えるようになっていた。
夜の人形は不気味で、人形の目に映った明かりが、人形に生気があるかのように錯覚させる。リアは魅了されたように人形を見つめ、人形が妖しい笑みを浮かべた気がしてどきっとした。
「リア? そろそろ眠いんじゃないか?」
ぼんやりとした目で人形を見つめていたリアを心配そうにロゼが見ていた。
「え? ああ、大丈夫だよ。夜の人形は少し不気味だなって・・・・・・」
「不気味?」
「揺らめく明りで表情を変えるんだもの。まるで生きているみたいでちょっと不気味だなって」
ロゼは張り詰めていた集中力が削がれてしまったのか、拍子抜けしたような表情をしてふっと笑った。
「不気味か。俺も子供の頃はそう思ったもんだが。人形って物は下手なものより生き物に似ているから、命がないのに生きているように見えるんだな。いや、俺から言わせて貰えば命の宿らない人形はないのだがな」
「命の宿らない形はない?」
「ああそうさ。木々は生きているだろう? 俺の作る人形はその母材の命を引き継いでるんだ。そして作る職人がそれに魂を込める。人形はそれ自体が生きているんだ。まあ、これは他人から見れば戯言になるのだがな」
ロゼの今夜の作業は終わりらしく、ロゼが仕事道具の整理を始めたので、リアもそれに習って整理を行った。次の日に使えるように道具は綺麗に磨いて定位置に戻す。半寝の状態でも体が勝手に道具を片付けていく様を見て、リアは慣れとはろしいものだとぼんやりと思った。
「仕事を中断させちゃったみたいでごめんなさい・・・・・・」
「構わんさ。この頃、気を張り詰めていたからちょうどいいさ。そうだ、明日は休みにして体を休めるとしよう。リア、そこの道具をこっちに片付けておいてくれ」
リアはロゼの指示通りに作業を行っていたが、眠気にだんだんと行動が制限されていった。
リアは最後の道具をしまい終えると座り込み、こっくりこっくりと頭が船を漕ぎ始めた。限界すれすれだった眠気が頂点に達し、眠気とのせめぎあいの末に黒い世界への扉が開く。
深い眠りに入ったリアはロゼに持ち上げられた。
二階にある部屋に運ばれていくリアは、空中浮遊の夢を見て、更なる深みへと落ちるのだった。