Story

#11 主人のいきな心遣い

リアは慣れないことはやるものではないなと思いつつも、満更でもなさそうに笑みをこぼした。

ロゼがした反応を思い浮かべながらも数日前の失敗を生かし、危険な道にそれないように歩く。もう危険な道に入るのは真っ平ごめん。心臓に悪いし、知らない人に話し掛けられるのは心地よいものではない。

リアは危険な道について思い浮かべ、二人の旅人のことを思い出した。

二人の旅人は既にリストンブールにはいないのかもしれない。人を探しながら旅をしている二人の旅人にとって、長期滞在はあまり有益とは言えないだろう。

リアは安心しながらも、少し落胆した。少しくらいなら非日常事が起こってもいいのにと思うのは既に他人事で、何かあったときの自分は棚に上げている。

リアは人間とは面白いものだと悟ったように考えながら、広場へ向かう大通りを歩いた。

大通りでは昼時の休憩をしている人や余裕をもって歩いている人、何かに急かされるように足で歩く人がごっちゃになっていた。

リアはそれらの人をやり過ごし、店先を眺めながら歩いた。服屋や食事所、貴金属を扱う店など種類はまちまちで一貫性はないけれど、それが見ていて楽しい。自分でお気に入りの店を見つけた時の喜びもあり、リアは店探索をするのが好きだった。それに、色々なものに目を向けながら歩くと様々なものが発見出来る。だからだろう、リアが何気に覗いてみた家と家との隙間でふと違和を感じたのは。その隙間は一人の人間がやっと通れるほどで、背の高い家の間にあり、奥に行くほど暗かった。

隙間の奥は行き止まりで妙に暗く、リアは夜に等しい闇にじっと目を凝らす。リアは闇の中に何か動くものを見た気がして目を細めた。さらによく見ようと隙間の方へ首を伸ばし、その瞬間に大きなものが身動きしたのが目にはいり、首をすぼめて目を瞑った。

人間大のものが動いた。リストンブールは城壁に守られ、獣が迷い込んで来ることは殆どない。浮浪者かもしれないと思ってもう一度注意深く見てみたが、隙間に生き物がいる感じはしなかった。

一種の錯覚だろうか。リアはもう一度確認したが、隙間には何の気配も感じられない。リアはでっかいはてなを頭に浮かべながらその場所を離れた。

リアは赤い目を見た気がしていた。それは闇の中で光る猫の目のように光って見えた。リアは工房にある赤眼の人形を思い浮かべたが、結局は目の錯覚ということで片付けた。

せっかくの休日を考え事で潰してしまうのは馬鹿な話だ。

リアは頭をぶんぶん振って余計な思考を頭の中から掃き出し、一軒の店に入った。その店は小物入れなどを扱う雑貨屋だった。外見の石積みとは異なり、内は木製で出来ており、どこか不思議な感じがする。店には所狭しと商品が並ぶ棚があり、棚ごとに商品の種類が定まっている。定員はいず、奥に店の主人が煙草をぷかぷか吸っているだけで、客はリア一人だけだった。

リアは奥の主人に挨拶をするとお目当ての棚に向かった。リアにとってお気に入りの店の一つであるこの店は我が家のような場所だった。リアは棚に並べられた商品の種類は覚えていたし、訪れるたびに商品に目をつけては来る度にそれがあるか確認するのがお約束になっていた。

だけど、今日はそれさえ忘れてリアは小物入れが置いてある棚の物色を始めた。

リアはロゼへの贈り物を買うために店を訪れたのだった。ロゼが日頃細かい部品をしまう小物入れが欲しいと言っていたことを思い出してのことで、品物を見ているとその思いつきは当たりだったと思えた。

リアはしばらく商品を手にとって眺め、そのうちの一つを手にして目を輝かせた。外見は明るい色の木材で作られ、中の収納は豊富で場所を取らない。リアは目当てのものを見つけて嬉々として小物入れを眺めたが、その商品の値札を見てがっくりと肩を落とした。手持ちの資金を微かに超えている。子供にとっては少々高い商品だった。

リアはしばらくその商品とにらめっこをしていたが、一つ溜息をついてとぼとぼと歩き出した。買えないものは仕方がない。

「どうしたんだい、リアちゃん」

リアの行動を見守っていた主人がリアへ声をかけた。

「ん・・・・・・。なんでもないですよ」

リアは曖昧な答えをした。リアは子供ながらに遠慮を知っているため、下手なことは口にしないことにしていた。店の主人はリアの事を良く知っている人であったが、あまり迷惑をかけたくなかった。

そんな心配をよそに、主人は先ほどリアが手にしていた商品を手に取り値段を確認した。

「なるほどねえ。リアちゃんにはこの値段はちょっと手が出ないか」

主人はしげしげとその小物入れを眺めて目を細めた。

「もしかしてロゼへの贈り物かい?」

リアは店の主人には口では勝てない事は分かっていたので、ささやかな反撃とも言うべき訂正を加えた。

「義父さんへの贈り物です」

主人は目を丸くしてから義父さんかと呟いて嬉しそうに綻んだ。

「ロゼもついに義父さんと呼ばれるようになったか。こりゃめでたい」

まるで自分のことのように喜ぶ主人はリアの頭を優しく撫で、小物入れを持って奥へ歩いていってしまった。リアは慌ててその後に続く。 「手持ちはどれ位あるんだい?」

リアは首からぶら下げてあった財布を取り出すと中身を机にぶちまけた。全財産といっても過言ではないそれは小物入れを買うにはやはり足りない。

「ふむ。それじゃあこれだけ頂こうかな」

主人は並べられた金のうち三分の二を自分の方へ寄せて、残りをリアへ返した。

リアは驚きの余り主人の笑顔を凝視した。破格も破格。商売にならないんじゃないだろうかと心配になる。仕入れ値から見積もってざっと頭の中でその値段を想像してみると、どう考えても仕入れ値ぎりぎりか、それ以下だった。

「気にすることはないよ。残りは情報料だ。久しぶりにいい話を聞かせてもらって俺は気分がいいんだ。俺の気分が変わらないうちに持ってっちまいな」

主人は強引とも思える動作で残りの金をリアの財布へ押し込んだ。

リアが感謝の意を伝え、何度も礼を言うと主人は顔を赤くしてがっはっはと豪快に笑った。

「ロゼによろしく伝えてくれよ。いい娘さんを持って幸せだなって」

今度はリアが赤面をする番だった。リアは耳まで真っ赤にしながら、包装してもらった小物入れを胸に抱いて逃げるように店を出た。

主人の満足そうな笑顔は温かだった。

copyright 紙月 狐 [ namegh@hotmail.com ]