#13 夜の情報屋
シフォンとリックはリストンブールで情報を集めていたが、めぼしい情報は見つからなかった。聞き込み調査や目星をつけた店を回ったがこれといって情報は得られない。
結局はリアから得た情報が一番それらしいものだったが、シフォンはその情報が何処まで正しいか計りかねていた。人形屋を訪問したときにはリアとは会えず、店の主人らしき男からは何も聞き出せなかった。怪しまれないように再び人形屋へ行くことは自粛していたが、そろそろ町から出るにあたり、人形屋を訪ねる必要がありそうだった。
陽は傾き、辺りはだんだんと暗くなっていた。二人は今日の活動も潮時だなと見切りをつけ、広場でしらみつぶしに話を聞いて回ったが、胡散臭そうな目で見られるばかりで、情報は得られなかった。
二人は夕闇が訪れる頃に噴水の前で深いため息をついた。
「結局、今日も収穫は無しか」
シフォンは肩をすくめた。リックはシフォンをちらりと見てから、首を振った。
「そろそろ町を出ないとな。……まったくあいつは何処にいったのやら」
シフォンはいらいらとしながら足元にある石を蹴った。二人の時間は有限であり、刻一刻と期日は近づいていく。シフォンはもう一度舌打ちをした。
シフォンはことがうまく運ばないことに苛立つ。日頃頭脳労働を主としているシフォンだが、はずれくじばかり引いて嫌気がさしていた。
シフォンが周囲を睨み散らしていると、視界の片隅に男が一人歩いてくるのが見えた。
暗闇に浮かんだのは薄汚い服を着たやせた男で、二人を舐めまわすように眺めると、卑しい笑みを浮かべてそばへよってきた。
リックは警戒の色を表情にはださなかったが、相手から見えないように獲物をかまえた。
「あんたらだよなあ。ライクっちゅう男を探している怪しい二人組ってのは」
シフォンはあからさまに嫌悪感を顔に出した。
「そういうあんたも怪しいと思うが?」
卑しい男は違いねえと言うと声を殺して笑った。その容貌は拍車をかけて吐き気を催すほどに卑しい。
「……俺はあんたらにとっては天使様かもしれねえんだぜ?」
「天使様……ねえ。どこぞの宗教の勧誘なら勘弁してくれ。今は何を言われてもお前を殺してしまいそうだ」
シフォンの威嚇に卑しい男は嬉しそうに表情を歪ませた。
「いいねえ。その殺気だった感じ」
卑しい男は周囲を警戒したかと思うと、近寄って小声で話し始める。
「いい情報を持っているんだが、買わないか? もちろんお二人が欲しがってる情報さ」
「情報だと? お前のような浮浪者が何を知っていると?」
「ライクという男がこの町の去り際にやったことさ。俺はそれを一部始終を見てたからなあ」
リックがシフォンに目配せをし、シフォンはリックに耳打ちをする。
「どうする? 少なくとも金に飢えている奴の言うことだ。下手なことやって殺されるようなへまはしないと思うが?」
シフォンはリックの言葉をしっかりと吟味してから薄汚い男の目を覗き込んだ。
「嘘を言ったらどうなるかわかってるんだろうな?」
「わかっているともさ。俺は金が欲しいだけなんだ。金さえくれれば話してやる」
卑しい男はリックの言葉を肯定だととり、情報の金額を口にする。二人の足元を見ての値段だったが、シフォンはそれを了承し、情報の前金だといってその金額の半分を渡した。
「まいど。へへ。あんたらは賢いよ」
受け取った金額に目をぎらつかせながら男は話し出した。
卑しい男はライクが一人の少女と会っているのを見ていた。卑しい男は物乞いをしており、その時に二人の会話を聞いたのだと言う。ライクは少女に邪封の森のことを話し、自らが邪封の森に行くことを伝えた。少女は空へ延びた光の柱を見て、それが真実であることを主張し、ライクがそれを肯定してやると嬉しそうに喜んでいた。
ライクは自らが森に行く際に不要だと思ったのか、一冊の本を少女へ託し、それと共に再開の約束をしてその場を去った。少女はそれを見送ると本を大事そうに抱えながら帰っていった。
「俺が知ってるのはここまでだ。少女は確か頭に尻尾を生やしてたな。背丈はこれぐらいだろう」
卑しい男が手を地面と水平にして高さを示したが、シフォンはそれを見ていなかった。卑しい男の情報からぴんと来るものがあり、獰猛な表情をして口の端を歪ませた。
「その情報ありがたく頂くぜ。ほらよ。受け取れ」
シフォンが残りの金を投げると、卑しい男は金を手に取り、卑下に笑ってそそくさとその場を去っていった。
その姿が見えなくなるのを確認すると、リックに目配せをして顎でリアの住んでいる人形屋の方角を示した。
「あたりだ。あの嬢ちゃんとんだ食わせもんだぜ」
「ほんとうに信じていいのか? がせネタの可能性もあるぞ?」
「大丈夫だ。俺の感が信じていいと語っている。それにこの情報を使わずどうする? 駄目もとでも試してみる価値はあるだろう?」
リックは無言で返した。
「さて、ちょっくら忍び込んでやるか。人が一人いなくなっても、町で噂になってる行方不明事件とみなしてくれるだろうさ。やっと俺たちにも運が向いてきたってことだ」
二人はさっそうと歩き出した。向かう先はもう決まっている。
陽は沈み、辺りを暗闇が支配していることなど気にならなかった。どうせ動くなら夜のほうがいい。
シフォンは音を立てないように周囲を警戒しながら歩いていたが、ふと嫌なものを感じで空を見上げた。
空には夜に似合わない白い煙と炎の赤。目的地へ近付くにつれ人の怒号や悲鳴が聞こえる。災厄が町に降り注いでいた。
その様子を呆然と二人は見守っていたが、やがて表情を険しくして走り出した。