Story

#18 緑の目の人形

緑目の女性はリアの体を一通り拭きおわると、着替えさせてから変わりの布団を持ってきた。涙で腫れてしまった目で見上げたリアに笑いかけ、落ち着いたかと聞いてきたが、リアには答えることが出来る気力はなかった。両親を失って以来感じた事のない喪失感が、胸にぽっかりと大きな穴を空けた。リアは漠然とロゼが生きていないだろう事は感じ取っていたし、大切なものを失う事に疲れてしまっていた。

「まるで何もかもが終わってしまったって顔をしてるわね」

緑目の女性はリアの様子を勘ぐるように声をかける。

「本当に人間ってものはどうしようもなく弱いものね。まあ、それもしょうがないか。群になって生きているんだもの、群からはぐれてしまえば弱気にもなるわね」

「・・・・・・うるさいです」

「何?」

「――うるさい! 貴方なんかに私の苦しみなんてわかるはずない! 大事な人を失った悲しみなんて!」

「分かるわよ」

即答してきた声に唖然として、リアは緑目の女性を見つめた。

「私を作ってくれた人はもう死んでしまったもの」

「・・・・・・作った?」

「そう、作った。いや、創ったと言った方が正しいのかしら? どの道私はまっとうな人間じゃないわよ」

緑目の女性はリアの口から何の言葉も出てこないことに、つまらなそうに表情を変えてから続ける。

「知らないのかしら? あんなに私達を作って戦争の道具に使おうとしたのに、知らないなんて興ざめだわ。どんな事があっても覚えていなくてはいけないはずなのにね。どうして知らないのかしら?」

それはリアにとって答えることのできない質問だった。緑目の女性が言っていることは理解出来なかったし、なによりも目の前にいる人間が「自分は人間ではない」と言っていることが引っかかっていた。

「本当に知らないみたいね。全く・・・・・・。それじゃあ、赤い目の人形って聞いても分からないかしら?」

緑目の女性の言葉に恐怖がじわじわと戻ってきた。赤い目は二つ知っている。一つはロゼの工房にあった壊れかけの人形であり、もう一つは・・・・・・。

「なんだ知ってるじゃないの。まあ、普通は赤い目をしているものね。私があまりに人間っぽくてわからないのも当たり前――」

リアは緑目の女性に掴みかかった。痛みが体中を駆け巡るのも気にせずに、ただ夢中にしがみ付いた。

「赤い目! 赤い目がどうしたの!」

緑目の女性はリアの形相に驚きつつも、リアの行動を面白そうに見下ろし、そして口を開いた。

「赤い目の人間なんていない。これはこの世界のルールでしょ? じゃあ、もし赤い目の人間がいたらどう思う? 赤い目の人間なんて存在しないはずなのに存在するなんて可笑しいでしょ? ないはずのものが存在する。それってつまり人為的に作られたって事じゃない。つまりそういうことよ」

「わからない! そんなんじゃ分からない!」

「そう? じゃあ何ていえばいいのかしら・・・・・・」

リアの焦燥感を誘いたいのか、緑目の女性は緩慢な動作で、考えてますよとポーズをとってみせる。

「そうね、単純明快に言えば、人が人を殺すために作った殺人兵器とでもいえばいいかしら? 今ではそのほとんどが処分されたと聞いているけどね。私が知っている限り今でも動いているのは私を除いて1体しか知らないわ」

「・・・・・・1体?」

「そう、1体のみ。確かこの森の先にある赤い砂漠に鎖で繋がれていたはずね。一番最初に作られた出来損ないだとか聞いてるわ。あ、ちなみに私の知っている限り、私は一番最後に作られた個体よ」

緑目の女性はリアの様子をうかがいつつさらに続ける。

「作られた中で一番残虐で、何の理由もなく人を襲う奴よ。どうしてあんなものを処分せずに残しておくのかしら。戒め? それとも嫌悪感からかしら?」

人間に対する嫌悪感からか、緑目の女性は顔を歪める。

「興味があるならここに居る間に色々と教えてあげるわよ。久々のお客さんだし、話をするのも面白いわ」

リアがいつまでも押し黙っているのを見て、緑目の女性は楽しそうに笑う。

「そういえば、まだ自己紹介もしていなかったわね」

緑目の女性は寝台から少し離れ、リアに全身が見えるように後退してから、スカートの端をつまんで上品に挨拶をしてみせる。

「私はリン。凶悪にして人の恐怖を煽りし悪魔の生き残りよ」

よろしくねと言って、リンはゆがんだ妖しい微笑を見せた。

「貴方は?」

リアはその問いに答えず、リンの微笑みをじっと眺め目を逸らした。混乱していたのもあれば、その笑みが悪夢で見た朱の目の人間に重なったのもあった。リアはリンに何か暗く、おぞましいものを感じ取っていた。

リンはいつまでも応えないリアに、気が向いたら教えてねと言って部屋を出て行った。

 

それから数日してもリアの傷はよくならなかった。浅い傷はふさがっていったが、体を動かせば激痛に苛まれ、リンの手を借りなければ何もすることが出来ない。リアは寝台の上から窓の外を見ながら、感慨にふける日々が続いた。

リンは毎日食事と着替えを持ってきた。体を拭くときに乱暴粗雑なのはあいも変わらず、リアが応えようが応えまいが話をしていく。リアはその話に耳を傾けながら、頭の中で段々と形付けられていく人形達に思いをはせた。

「私達は人型と言われていたわ。人の形をした人形だから人型。まがい物なんて呼ばれ方もしてたわね。まったく、自分達で作っておいて酷いと思わない?」

リンはここ数日と同じように人型のことについて話していた。無表情で何も応えないリアに対し、リンは表情をくるくると変えて実に楽しげに話す。でも、リンの話の中からは哀の感情は感じられず、そこだけ欠落しているようにさえ思える。

「・・・・・・ねえ、リン。その生き残りの人型ってどうなってるの?」

リンは久方ぶりにリアの方から話し掛けてくるのが嬉しいかったのか、目を輝かせながら笑った。

「最古の人型はねえ。多分自由になって元気に人を殺して回ってるんじゃないかな?」

「・・・・・・え?」

「あの子は色々な仕掛けで動き出さないように封じられていたのだけど、この前その仕掛けが何かの拍子に動いてしまったらしいわ。眩しいくらいに森に光が満ちていたもの」

リアはライクと会う前日に見た光を思い出した。あの日流れ星を探していて、偶然見た光はその光だったのだ。

「多分、ログネスもリストンブールも相当慌ててるでしょうね。特にログネスのお偉いさんの慌てようが目に浮かぶようだわ。まさに自分達が作ってしまった異物によって起こされた災厄ですものね」

「・・・・・・どうやったら倒せるの?」

リンはリアの言葉にあからさまに嫌そうな顔をした。

「それって、どうやったら私を殺すことが出来るのか聞いてるのと同意だってわかる? それにあの子は一応私と同種なんだし教えることは出来ないわよ」

リアはリンの言葉に俯いた。目の前にいる人間が人型であることを、ついつい忘れそうになってしまう。

「多分あなたが考えている通り、リストンブールの事は人型によるものでしょうね。貴方の反応を見ていても大体のことは想像がつくわよ。街に火を放って逃げ惑う人々の退路をふさいで――」

「嫌っ!」

リアは思わず耳をふさいだ。リンの言葉にあの時の光景が浮かんでくる。荒れ狂う炎の中で逃げ惑う人々の悲鳴も、力なく血溜まりに倒れている人々さえも昨日の出来事のように鮮明に思い出せた。

「それがあの子の手なのよ。簡単に人を炙り出せて、しとめ損ねてもすべてを焼いてしまえば何も残らないものね。純粋な子供の考えることはまったく恐ろしいものだわ」

リンは懐かしそうに窓の外を眺めた。窓の外はすでに暗くなっており、時折獣の声が木霊している。

「もし、あなたが復讐なんか考えているなら止めておいたほうが良いわ。なかなか壊せるようなものじゃないもの」

リンは何処かからかナイフを抜き出し、それをリアの心臓の位置で止めてみせる。リンの目は殺意はなかったが、氷のように冷たく、身動きすればナイフを突き刺すのではないかというほどだった。

「人間ってここを突かれれば死ぬわよね? でも、人型は死なないわ。どんなに体液が出ようが、心臓が停止しようがその時点で死ぬことはない。いっぱしの女の子が人一人殺すだけでも大変なのに、死ぬ筈の場所を刺しても死なないような輩にどうやって復讐しようって言うのかしら?」

リンはリアが押し黙るのを見て、難しいでしょと言って妖しい笑みを作る。

「復讐なんてよしなさい。同種である私が言っているのだから、諦めなさい」

「・・・・・・どうすれば貴方達のことを知ることが出来るの?」

「私たちのこと? さあ、私でさえ多くのことを知っているわけではないもの」

「・・・・・・リンは自分が作られたって言ってた。じゃあ、人型を作った人達はまだ生きているんじゃないの?」

「どうでしょう? 生きているとしても幽閉されているか、居なかったことにされてしまっているか。簡単に探し出せるようなものじゃないでしょうね」

リンはそこまで言うと興味深そうにリアの目を覗き込んだ。リアがどのような意図でそんなことを言っているのか計り知れないと言った様子だった。リアはリンを強いまなざしで見つめ返した。

「・・・・・・復讐なんて望まない」

リアは顔の右半分に巻かれた布に触れた。そこにはあの時瓦礫を受けた傷があり、それはあの日に残された消えない傷だった。

「復讐なんて、望まない・・・・・・。私は――」

ライクが調べ、ロゼが求め、幸せを奪っていった人型のことを知りたいと思った。人型のことがわかってどうなるんだと言えば、答えることは出来ない。もしかしたら、絶望するだけかもしれない。それでも知りたいと思った。それが復讐への道を歩む序章だとしても・・・・・・。

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copyright 紙月 狐 [ namegh@hotmail.com ]