#04 商売繁盛?
次の日の朝、リアは中央の広場で露店を出すことにした。
リアは露店を出すことは自由に出来ると思い込んでいたのだが、それは思い込みでしかなかった。
中央広場へ露店を出すためには許可証が必要だった。
リアは文句を言いつつも、軽い財布から金を払わねばならなかった。残った金は数えるほどしかなく、商品が売れなければリストンブールを出て行くことさえままならない。
リアは財布と自分が並べた商品を見比べては吐息を漏らす。
リアが用意した商品は薬草と木製のアクセサリーである。薬草は町では貴重品となっているため、上手く売れば理想的な儲けがでるが、知識の無い客にそれらを売ることは至難の業だった。実演する事が難しく、かといって効くといった保証は何処にも無い。文句一つで売れ行きが変わってくるため、リアは出店早々胃が痛くなった。
「今にも死にそうな顔しているわよ」
リンはリアの様子を見て、声を弾ませた。
リストンブールに来てわかった事だが、リンには金銭感覚が皆無だった。長い間、森に住んでいたせいか、物の売り買いはもちろん交換すらした事が無いため、価値のある物と無いものの区別がつかない。リンはこういう場においては無力に等しかった。
「リンは見ているだけでいいからね」
「あら? 私じゃ役に立たないって言うの?」
「ええ、まったく。微塵も役に立たない」
リンはぷうっと頬を膨らませると、そっぽを向いた。
リアはちらりとその様子を見てから、広場の様子を観察した。
しばらく暇をもてあまし、人々を観察していると、見知った顔があることに気がついた。それは昨日話かけてきた若者で、周囲を気にしながら広場の中央へ向かっていた。若者は噴水のそばまで来ると、待ち合わせをしていたらしい女性に話しかけ、連れ立って歩いていった。
「リア、何ぼおっとしているの? お客さんよ」
リアはリンに言われて、初めて目の前の客に気がついた。客は2人おり、片方が薬草について質問をしてきたので、リアはそれに対応する。リアの説明を聞いて、さらに質問をしてくる客にリアが集中していた。そのため、もう1人の客が薬草をおもむろに掴んで走り出したときには対応が出来なかった。
リアがぽかんと口を開けるのと、リンが泥棒めがけて石を投げつけるのは同時だった。石は泥棒の後頭部に直撃し、見事に泥棒をひっくり返させる。そして、リンはナイフを取り出すと、リアが対応している客の喉にナイフをつきつけた。
「お客様、お痛はいけませんよ?」
両手をあげる客もとい泥棒を手際よく縛りつけたリンは、気絶している泥棒を乱暴に引きずってくると縛り付けた。
「リア、少しは観察眼ってものを養ったほうがいいわよ?」
腰に手をあて胸を張ったリンは、得意そうな顔をしてリンに向かってウインクをした。
泥棒達は程なくして、兵士達によって連れて行かれた。
兵士達ははリアとリンを見て明らかに嫌そうな顔をしてから、ご協力に感謝すると言うと去っていった。
「捕まえてあげたのに、態度があれっていうのは気に食わないわね」
先ほどの得意げな表情は何処へやら、今は不満のみが顔を占拠していた。
「状況はどうであれ、目をつけられちゃったなあ・・・・・・」
リアは苦虫を噛んだような表情で兵士達の背中を見つめた。ただでさえ目立つのに、状況はさらに悪い方へ向かっているらしかった。それは、リアの露店でも同じことが言えた。
リンが泥棒にナイフをつき付けた様子を見られたせいか、客はよりいっそう寄り付かなくなった。並べている商品は売れるはずも無く、旅の資金よりも今日の宿さえ危うくなってきていた。
「手っ取り早い稼ぎ方って無いのかしら・・・・・・」
意気消沈しているリアに、リンが肩を叩いた。リアは面倒くさそうにリンの方へ目を向けてから、目の前に人が立っていることに気がついた。
目の前に立っていたのは日傘を差した上品な何処かの令嬢で、その顔のパーツの配置は気が強そうでわがままそうな雰囲気を作り上げていた。
「あなた達、旅人さん・・・・・・よね? 兵士と一悶着あった」
一言余計だよと思いながらも、リアは無理やり笑顔を作った。
「確かに私たちは旅人ですが、それが何か?」
「先ほど、手っ取り早い稼ぎ方が無いかと、神様に祈るような声で独り言を呟いていたけれど、儲け話があるのだけど、のらないかしら?」
リアはちらりとリンの方を見たが、リンは面白そうに令嬢を眺めているだけで、警戒してる様子は無かった。
「・・・・・・その話にもよるけれど?」
「話してみろって言うのかしら? いいでしょう、話してあげるわ」
そういって、話し出した令嬢の話を要約すると、隣の町まで出かけたいので、護衛を頼めないかということだった。
「この町にもそういった人達はいるけれど、どうも好きになれないのよね。あなた達なら、性別も同じだし、年も近そうだし、先ほどの様子からすると腕も立ちそうだし、安く済みそうだしね」
一言も二言も余計なのは性格が成せる業なのかと思いつつ、リアはその話を吟味した。早い話が金が手に入り、次の町まで移動する事ができ、交渉次第では更に特典がつくということだ。しかし、何処か裏がありそうで、はっきりしない部分があるのが気にかかる。
「本業の人に頼まないって事は、知られたくないことでもあるのかしら?」
リンが目を細めながら令嬢を見つめると、令嬢は表情を一瞬引きつらせてから、目をそらした。
「理由がはっきりしないと、何とも言えないわねえ。旨い話には裏があるって言うしねえ?」
リンは令嬢の反応を面白がりながら、リアに向かってウインクをして見せた。ここは任せろという事らしい。
「べ、別にやましいことなんて無いわ。ただ、気に食わないだけよ」
「そういえば、誰と誰を護衛すればいいのかしら?」
「先ほども言ったけれど、私を護衛してくれればいいのよ」
「貴方だけ? 貴方だけで隣町まで行こうって言うのかしら。何のために?」
令嬢は無言でリンを睨んでいたが、リンの無言の圧力に耐え切れなくなり、顔自体をそむけた。
「お父様には知られたくないだけよ」
令嬢は吐き捨てるように呟いた。
「そ、じゃあ私たちが貴方のお父様に話してしまったら終わりってことね」
「貴方っ!」
「別に本当のことを言っただけよ?」
令嬢は押し黙って、不機嫌そうに眉を潜めた。
「ふーん、まあいいけど。条件次第ならその話のってあげてもいいけど、どうする?」
「ちょっと、リン?」
「いいじゃない、どうせこの町での用は終わったのでしょう?」
「それはそうだけど・・・・・・」
「じゃあ、決まりね」
リンは満足そうに微笑むと、令嬢に向き直った。
「それで、どうする? 私達は貴方がどうなろうが別にかまわないのよ?」
令嬢は不満げな表情でリンを睨んだが、ふっと力を抜いて肩をすくめた。
「負けたわ。貴方も良い性格してるわね。それで条件って言うのは?」
リンが口を開こうとしたので、リアは慌ててリンを押さえつけた。金銭感覚ゼロの奴に言わせたらどうなることやら。
「旅の間の食事、それと成功報酬として、前金半分、達成後に半分、報酬自体は交渉しだい! あと、露店に出してる商品を全部買うこと!」
リンが口を挟む前にリアが早口でまくし立てると、令嬢はぽかんと口を半開きにして驚いた後、ふふっと笑った。
「いいわよ。貴方たち面白いから気に入ったわ。じゃあ、報酬はこれ位でどうかしら?」
令嬢が口にした金額を聞いて、リアは目をまん丸にして驚いた。令嬢が口にした金額は、リアが今までに手にしたことのある金額の何倍も多く、リアはそのことを考えるだけで目が回りそうだった。
「不満かしら?」
リアがぶんぶんと首を振ると、令嬢はさも楽しそうに笑ってから、露店の商品の分の金を払った。払われた金額はリアが考えていたよりも多く、リアは素直にその金を受け取った。
「それじゃあ、明後日の早朝出発だからよろしくね」
令嬢は必要な事だけを告げると去っていった。
令嬢が去ったあとには、商品が空になった露店と2人の人間が残された。
驚きを隠しきれないリアに対して、リンはひたすら拗ねていた。