Story

#06 不機嫌

目が覚めると、目の前に顔があって驚いた。

その顔は整っており、こんな場面でなければ見とれていたことだろう。そう、こんな場面でなければ。

リアは体を反り返らせてリンから顔を遠ざけた。動悸の激しい胸を押さえつつ、同じ布団の中にリンがいる訳を思い出だそうとしたが、微塵も思い出せなかった。

リアが記憶を探りながら唸っていると、リンを通り越した向こう側で何かが動くのが見えた。

リアはその何かを見て昨夜のことを思い出し、納得した。

昨夜、店を後にした2人の後をローザがついてきた。ローザはロウから仰せつかった役割が不満だったのか、宿までの帰り道の間中、鋭い視線を2人の背中に向け続けた。

その時振り返れば、敵を見るような目で睨みつけるローザの顔が見れただろう。

ローザは宿に着くなりベッドの1つを占拠し、頭から薄い布団を被ったまま出てこなくなった。布団の下では不貞寝しようと頑張るローザがぶつぶつと何かを呟いていた。

リンは何度かローザが被る布団を引き剥がそうとしたが、ローザの意思は固く、ベッドから引き剥がすことは出来なかった。

リアはため息をつき、リンは肩をすくめ、残り1つのベッドを同時に見た。ひいきに見ても寝易いとはいえない硬いベッドだったが、無いよりはまし。2人は何も言わずに互いの様子を伺っていたが、やがて指し合わせたように1つの布団の中へ入った。

リンはすぐに目を閉じて寝息を立て始めたが、リアはどうにも落ち着かなかった。リンと同じ布団に包まっていることからして既におかしな事であり、素直に寝ると何かされそうな気がして目が冴えてしまったのだった。

結局、リアが眠りについたのはしばらく経ってからだった。

熟睡できなかったせいか、リアの脳は覚醒するまで時間がかかった。

3人で無言のまま食事を済ませ、宿でぼけっとして、陽が高く昇った頃にやっと行動を開始した。行動を開始するまで、ローザは一言も発さず、無言で不機嫌ですよと強調するような空気を発し続けていた。

リンは新しいおもちゃを手にした子供のように、ローザにちょっかいを出していた。本人が昨日宣言した通り、怒りが爆発しない程度に手を出してるのはさすがと言えばいいのだろうか。

ローザは根が真面目なのか、リンのちょっかいに対して一々反応を示していた。それがリンには面白いらしく、飽きもせずにローザにちょっかいを出し続けていた。リアはその様子を見ながら、合いの手を入れなくても十分だと判断し、旅に必要なものを買い込むことだけに集中した。

買い物は順調に進み、それに比例するようにローザの不機嫌さも増していった。

リンは本当に本気で怒る一歩手前まで手を出す気だったらしく、リアが気がついた頃にはローザの機嫌は相当悪化していた。慌ててリンを止めたリアだったが、無言の圧力を増したローザをどうすることも出来ず、重たい空気の中、宿への帰り道を歩いていた。昨夜の何倍も鋭い視線が背中をちくちくと刺すのを気にしながら、リアはリンを睨んだ。

「なあに、そんなに目を細めちゃって。リアがそんな表情してもちっとも怖くないわよ?」

リンはリアの睨みを軽く流して、鼻歌を歌いながら一歩先を歩き出した。

背中に感じる視線が更に痛くなったのは気のせいではないようで、リンに対して無効と判断したローザはリアに対象を絞ることにしたらしい。

「ねえ、リア。あの店に入っもよろしい?」

リンはと刃物と取り扱う店を指差してから、くるりと半回転して向き直った。

「新しいナイフが欲しいの?」

「殺傷力のあるナイフが欲しいわね。肉を切ったときに、切り口が綺麗になるのが好みよ」

リンが物騒な事をさらっと口走ったが、リアはあえて突っ込まないことにした。

「必要なものなら購入も考えるけれど――」

リアの言葉が言い終わらないうちに、リンは店の中へ入っていった。都合のいいところしか聞かずに行ってしまったリンは相変わらず自分本位だった。

リアが呆れを通り越して感心していると、ローザがいつの間にかリアの隣に立っていた。

「あいつ殺人鬼?」

その日初めてローザが発した言葉はそれだった。

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copyright 紙月 狐 [ namegh@hotmail.com ]