Story

#07 刃物屋での攻防

上機嫌で刃物を眺めるリンに呆れ顔のリア、三白眼のローザはどう見ても場違いだった。店の主人は体の大きな筋肉質な男で、片目を瞑りながら3人を胡散臭そうに見ている。どうひいきに見ても歓迎されてない雰囲気だった。

「中々ね」

リンは手に取ったナイフにリアを映すようにしながら、冷笑した。

ローザがリアの袖を掴みながら、露骨にリンを指差したが、リアは苦笑いで応えることしか出来ない。

「ねえ、リア?」

ナイフを持ったまま振り返ったリンの表情を見て、ローザがびくりと肩を震わせた。

「あんまり高いものは買えないよ?」

リンが目をぱちくりとさせてから、つまらなそうに頬を膨らます。リアはリンの持つナイフをちらりと見たが、とてもじゃないが手が出せる代物ではない。予定より大分収入はあったが、それでもぎりぎりなことには違いは無いのだ。

リンはナイフを丁寧に元の場所に戻し、違う刃物を物色し始める。その様子は楽しげだが、背筋が凍るような冷たさも感じられた。リアはリンから視線をはずすと、刃物を眺めた。

店に並べられた刃物は日常で使われるものから、見ただけでは用途が分からないものまで様々だった。リアはその中から1本のナイフを手に取った。金属の冷たい感触が肌に伝わり、鋭利な刃がリアを魅了する。刃物のことは分からないリアであったが、この店にある刃物には何か惹かれるものがあった。

「じゃあ、これは?」

ナイフに魅入っていたリアは、リンに話しかけられて慌ててナイフを元の場所に戻した。

「リン、私をからかってるでしょ?」

リンの持ってきたナイフは先ほどリンが見せたそれよりも一回り値段が高い。リンがいくら物の価値が分からないとはいえ、数字くらいは読めるはずだ。

リンはリアのしかめっ面とナイフを見比べてから、これは高いのかと呟くと、店の奥へと歩いていった。

「主人、高いわ!」

リンの高らかとした宣言は店の中を駆け巡り、やがて霧散した。リンは自信満々といった表情で主人を見下ろしているが、何に対して自信があるのかはリアには理解できない。

「嬢ちゃん、高いといわれても困るんだがね?」

店の主人のしわがれた声は低く、その声には呆れたといった響きがあった。

「じゃあ、困っても良いから安くしなさい。具体的には、私達が買える値段に」

店の主人がちらりとリアとローザを見たので、2人は否定の意思表示をとった。

「今のご時勢、治安が悪いせいか売れ行きは悪くない。別に嬢ちゃんに買ってもらわなくても、うちはやっていけるんだがね」

「使い方も分からない輩に売って、貴方は満足って事かしら? 作るだけ作ってあとは売るだけ? 貴方には職人魂ってものはないのかしら。使うべき人が使ってこそのナイフでしょうに」

店の店主が机を人差し指で2回叩いた。それだけで、店の空気が重くなったように感じられた。

「嬢ちゃんならそのナイフを使いこなせるって言うのか? ふん。冗談はほどほどにしておきな」

「貴方は作るだけで、使い手のことはまったくといって考えていないのね。いくら良いものを作っても、使い手が伴わなければただの鈍らと同じなのに」

リンが自分の頭を指差しながら、貴方のここはどういう構造をしてるのかしらと言うと、店主はもう一度机を人差し指で2回叩いた。

「じゃあ、現にそのナイフを嬢ちゃんが手にしたとして、どう使う?」

「――人を斬るわ」

即答したリンを見て、主人が目を細める。リンは無表情で主人を見下ろす。一瞬の間のあと、主人は笑いをかみ殺したようにくつくつと笑った。

「人を、斬る、ね。随分と物騒じゃないか」

「そうかしら、このナイフはもともと人を斬るための代物でしょう? 私は間違ったことは言ってないつもりだけど?」

「確かに間違ったことは、言ってないな。間違ったことは。嬢ちゃん、今まで何人殺めてきた?」

「……それは命を奪ったという意味かしら? そらなら、1人も殺しては居ないわ。横たわる死体なら大分見てきたけれどね」

リンは肩をすくめてから、にやっと笑った。

「だけれど、これからは必要なら――」

「狂ってるな。嬢ちゃん、何処かぶっ飛んでるよ」

「それはほめ言葉として受け取っておくわ。ああ、言い忘れたことがあるけれど。必要であれば今すぐにだって」

店の主人は表情を険しくしてから、ふっと息を吐き出した。

「負けたよ。まったくとんだ嬢ちゃんだ。狂ってる」

店の主人はわざとらしくお手上げとジェスチャーすると、リンの手からナイフを受け取った。

「こいつは俺の自信作だ。嬢ちゃんが思っている以上の働きをしてくれるだろうよ」

店主は人差し指で机を叩こうとして、一瞬考えてからやめると、机にナイフを突き刺した。

「くれてやるよ。こいつも店の中でじっとしているよりも、お前みたいな酔狂な奴と一緒に居た方が楽しいだろうよ」

リンは主人をしばらく見つめてから、机に突き刺さったナイフを抜き去った。

「ふふ、見る目があるじゃないの」

リンがナイフを鞘にしまうのを見届けてから、店の主人は興味を失ったように3人に向かって出て行くように手で合図した。リンがふっと笑ってから、店を出て行く。リアは店の店主とリンが出て行った出入り口を見比べてから、深々と礼をしてからリンの後に続いた。

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copyright 紙月 狐 [ namegh@hotmail.com ]