Story

#10 残されたもの

ローザが目を覚ましたのは、町が静けさを取り戻してからだった。

「……ここは?」

ローザのぼんやりとした目がリンを捉える。

「私達が泊っている宿に一室よ」

即座に答えたリンをローザは見つめた。ローザの目は現実を否定し、幻想の中にもぐりこみ、光が失われている。ローザは既に気がついているのだろう。だけど、それを認める事ができない。

「ロウは?」

「さあ?」

「ねえ、私は何でこんなところに居るの? 何で私はロウの隣に居ないの? ねえ、どうして――」

「私達はロウの言葉に従っただけよ?」

「私はそんな事望んでいないわ! 私は最後までロウと一緒に居たかった!」

「そんなことしたらロウは報われなかったでしょうね? ロウはそんな事望んではいないわ」

「貴方にロウの何が分かるって言うの!?」

「少なくとも今の貴方よりは分かっているつもりよ?」

「うるさいっ! うるさいっ! うるさいっ! ロウは最後まで一緒だって言ってくれた。私を必要としてくれた!」

「ロウが貴方を必要としていた。そして、それと共に貴方に生きていて欲しかった。何故それが分からないの?」

ローザは嫌々をするように首を振った。

「ふーん。貴方がそんな状態じゃ、ロウは犬死したのと同じね」

「違う! ロウは私を助けようとして――」

「なあんだ。やっぱり分かってるんじゃな。今の貴方はそれが分かっているのに、駄々をこねている。まるで、子供ね」

ローザは沈黙した。

「リン、それは言い過ぎだよ」

「言い過ぎ? ふん。いい薬よ。現実を見つめず、非現実に逃げてるような人間にはね」

「少なくとも今は、時間が必要なのよ」

まだ何か言いたげなリンを無視すると、リアはローザに向き直った。この後、リンの機嫌は悪くなるだろうけど、その被害は自分だけが受けようと心に決める。

「ローザ、私は現実から逃げちゃいけないとは言わない。現実はいつだって残酷で、どんなに否定しようとも変わらない。それから逃げたい気持ちは、分かる。でも、いつまでも逃げてるのは駄目。それは、ロウがした事を無駄にしてしまうから」

ローザは応えない。身体からは力が抜け、口は閉ざされている。

「私にはロウとローザの事は詳しくは分からない。でも、これだけは言える」

リンは言い聞かすように、言葉を投げる。

「自分のことは、どんな事があっても自分で決めなさい」

ローザの肩がびくりと動いた。

「考えに考え抜いて出た結論は貫き通しなさい。私達にそれをとめる権利はない」

リアはそれだけを言うと、部屋を出て行く。途中、リンの横を通り過ぎるとき、「手厳しいわね」と言われたが、リアはちらりとリンを見ただけだった。

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copyright 紙月 狐 [ namegh@hotmail.com ]