Story

日陰少女と古道具屋

日陰少女は陽が陰るのを待ってから出かけた。

日陰少女の天候の優先順位は、曇り、雨、晴れの順だった。陽が入らない大図書館で日々過ごしている事もあり、陽は苦手だったし、陽にあたるよりも雨に降られる方がましだった。

今日は数多の水が空から降り注ぎ、木々に潤いを与えている。日陰少女は空を見上げて、眉をひそめた。曇りなら良かったのにと口には出さなかったけれども、近くに誰かがいれば不満ぐらい漏らしていたかもしれない。このまま大図書館へ引き返そうかと思ったけれど、屋敷の出口までやってきて戻るのも少々面倒くさかった。日陰少女は溜息を漏らすと観念したように、雨の中を出かけていった。

日陰少女が出かけた理由は、古道具屋へ行くことだった。小悪魔が仕入れてきた情報によれば、珍しい本が古道具屋に入ったということだった。小悪魔は本の内容までは知らなかったが、珍しい本と言われれば、それだけで興味が湧くものだった。

服と髪の毛が濡れないように気をつけながら道を進んでいたが、古道具屋に着く頃には服も髪の毛も重たくなっていた。日陰少女は古道具屋の屋根の下で一息入れ、メイドに来させればよかったと後悔した。

古道具屋に入ると、店主が日陰少女を迎えてくれた。珍しいお客に店主は少し驚いた様子だったが、どのような用件なのかと柔らかい笑顔で日陰少女に訊ねた。

日陰少女は店主の笑顔を見て、商売人とは皆この店主のような感じなのだろうかと思ったが、口に出さずに用件だけを伝えた。

店主は日陰少女が探している本がすぐに分かったらしく、店の奥へと引っ込んでいった。

日陰少女は店主が戻ってくる間に古道具屋を見回した。棚に並んでいる商品には統一性がなく、何に使うのか分からないものも沢山あった。日陰少女にはガラクタの山のように見えるが、見る人が見れば宝の山なのだろう。現に小悪魔は定期的に古道具屋に顔を出しては、私物を増やしているようだった。

程なくして店主は戻ってきた。店主の手には端がぼろになった一冊の本があり、本の大きさは1辺が20cm程度の正方形だった。

日陰少女は店主から本を受け取ると、興奮気味に本のページをめくった。

本の中には柔らかな絵と短い文章が並んでいた。ぺらぺらとページをめくると、日陰少女は目の前の本が何に分類されるのかが分かった。それは絵本だった。

日陰少女は少々気落ちした様子で本を閉じると、笑顔を見せる店主を見上げた。日陰少女には絵本を集める趣味は無かったし、必要ないものだったので店主に返そうと思った。

店主へ絵本を差し出そうとして、日陰少女はその手を途中で止めた。小悪魔がこの絵本を欲しそうにしていたことを思い出したからだった。

日陰少女はふぅっと息を吐き出すと、絵本を自分の方に引き戻した。

絵本の御代を店主に訊ねてみると、本の価値が分かる日陰少女から見ると無難な値段だった。試しに日陰少女が分かるものを指差して値段を訊ねると、店主は妥当な価格を口にした。どうやら、店主は確りとした人物らしかった。

日陰少女は御代を払うと古道具屋を後にした。

古道具屋を出ると雨はあがっており、今日は本当に間が悪いなと日陰少女は口をへの字に曲げた。

日陰少女は帰り道の途中で、小悪魔の喜ぶ姿を想像しながらにやついている自分に気がついた。気恥ずかしくなり、周囲に誰もいないのを確認すると、素知らぬ振りをして空を見上げた。

日陰少女の見上げた空は気持ちがいいほど曇っていた。

index back
copyright 紙月 狐 [ namegh@hotmail.com ]