Story

古道具屋と春の妖精

新しい命が芽吹く季節。

午後の暖かな陽気を楽しみながら、古道具屋の店主は棚の商品を整理していた。

古道具屋が繁盛しているかと問われれば、言いよどむ事になる。何せここいらの住人が何かを求めて来店すること自体が稀だからだ。古道具屋の商品は売れる数と仕入れる数が殆ど同じで、一定の商品数を誇っていた。

店主はそろそろだろうかと思って古道具屋の入り口を眺めた。毎年この時期になると、春を伝えに妖精がやってくる。人見知りするのか、入り口の端からひょっこり顔を出して、春の訪れを伝えてすぐに去ってしまう。いつもは不意打ちのように伝えられて、ほとんど姿さえ拝む事が出来ないため、今年は少し話してみたいなという気持ちになっていた。

店主は入り口へ気を配りながら棚の整理を続けた。

棚の整理を続けていると、誰かが来店してきた事に気がついた。店主が入り口の方を向きながら、客が入ってくるのを待っていると、ドアが少しだけ開いて春の妖精が顔を覗かせた。

春の妖精は店主を見つけると口をパクパクさせ、春を伝えようとするが店主と視線が交わると、恥ずかしそうに顔を赤らめてドアをパタンと閉じてしまった。

それきりしんとした間があり、春の妖精は去ってしまったのだろうかと店主が諦めかけた頃、ドアが少し開かれて春の妖精が顔を覗かせた。

春の妖精はパクパクと口を動かして春を伝えようとするが、それを言葉にする事が出来ない。春の妖精が悲しそうに目をふせながらドアを閉じようとしたので、店主は春の妖精に声をかけた。 古道具屋と春の妖精

店主が柔和な笑顔を春の妖精へ向けると、春の妖精はきょとんとした表情を見せてから、周囲を見渡して自分自身を指差した。店主が頷くと、春の妖精は目をきょろきょろと動かしてから、おずおずと店の中へ入ってきた。

肌も服も白い春の妖精は顔を赤らめながらうつむき、上目使いでちらちらと店主の方を見ていた。店主は恥ずかしがりやの春の妖精を驚かせないようにしながら、棚に置いてある小箱を取り出して春の妖精へ差し出した。

春の妖精はびくっと肩を震わせてから、箱と店主の顔を交互に見ながら、そっと箱に手を伸ばした。

春の妖精が箱を手にすると、店主は箱を開けるように促した。春の妖精はおぼつかない手つきで箱を開けると、目を大きく見開いて店主の目を覗き込んだ。

箱の中には鮮やかな赤いリボンが入っていた。春の妖精に似合いそうだと思って店主が取っておいたものだった。

店主が春を伝えにくる御礼だと伝えると、春の妖精はまじまじとリボンを見つめてから、ひまわりのようにぱっと微笑んだ。

店主は春の妖精の様子に満足すると、来年もまた頼むよと言った。

春の妖精は箱を大事そうに胸に抱いて、春の訪れを伝えると、小さなお辞儀をして店を出て行った。

店主は一つ頷くと、春の妖精を見送った。

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copyright 紙月 狐 [ namegh@hotmail.com ]