Story

春の妖精と庭師

春を伝えて回る。それが春の妖精の役割だった。

春の訪れは春の妖精にとって喜びであり、それを伝えて回ることは春の妖精にとって至福の時だった。

春の妖精は一通り春を伝え終わると、立派な庭のある屋敷へと訪れた。

庭には自然ではありえない手の加えられた美しさがあり、統一された美があった。

春の妖精は庭に降りたつと、春を伝えるべき相手を探した。

しばらく探し回ると、庭師を見つけた。庭師は二本の刀を器用に扱い、まるで舞いでも舞っているかのように木を手入れしていた。

庭師は木の手入れを終えると、満足したように息を吐き出し、恰好つけて刀を鞘へ納めた。

春の妖精が思わず拍手をすると、庭師は見られていたことに気がついて、わざとらしい堰きをすると、きょろきょろと辺りを見渡した。程なくして、ちょこんと立っている春の妖精を見つけると、庭師は春の妖精へ声をかけた。

春の妖精は近づいてくる庭師にどぎまぎしながら、隠れる場所が無いかを探したが、適当な場所が見つからず、その場に立ち続けることになった。

庭師は怪しい珍客に目を細めると、間合いを取って春の妖精の前に立った。庭師の鋭い視線に慌てふためき、春の妖精は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。春の妖精は春を伝えに来たことを口にしようとしたが、上手く舌が回らず声を出すことさえままならない。

春の妖精は極度の緊張で涙ぐみ、ぐっと涙を堪えて庭師を見たとき、庭師越しに庭の向こう側を見た。そこは花壇のようになっており、つぼみのついた草達が陽に向かって背伸びをしていた。

春の妖精が花壇の様子を窺っていると、庭師がその視線に気がついた。庭師は春の妖精の様子に緊張を解いたのか、柔らかい口調でそろそろ綺麗な花が咲くだろうと言った。

花壇の様子を口にした庭師は優しく微笑み、庭師の優しさを感じ取った春の妖精は体から緊張を抜いていった。

春の妖精は勇気を出して庭師へ春を伝えた。

庭師はきょとんとしてから、春の妖精のことを理解したらしく、一度頷いてからもう一度花壇を見た。

庭師はそろそろ綺麗な花が咲くだろうと言った。そして、花が咲く頃にもう一度くるといいだろう、歓迎すると春の妖精へ伝えると去っていった。

春の妖精は庭師の背中を見送ると、庭を後にした。

綺麗な花が満ちた花壇と庭師のことを思い浮かべると、心が温かくなった。

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copyright 紙月 狐 [ namegh@hotmail.com ]